昨日に比べれば随分と暖かい陽気でしたが、皆さん如何お過ごしでしょうか?
今日は「言葉」というものについて語りたいと思います
日常生活において我々は、言葉を用いてコミュニケーションをとっている訳ですが、それには発せられた言葉が、有効な意味をもって理解可能なものであるという事が大前提となります。
所が実際には、その前提が崩れてしまった為に、コミュニケーションそのものが成立していないという例が、しばしば見受けられるのです

という訳でここからは、私が過去に体験し、耳にした理解不能な言葉を、いくつか挙げさせて頂きます
まだ私が小学生だった時の事です
当時私は寝る時には二段ベッドの上部分を使っていました
所が私は大層寝相が悪かった為、朝になってみると布団や枕が床に散乱しているといった事がよくあったのです
時々それが下に寝ている妹に当たってしまい、彼女が目を覚ましてしまう事もありました
その時に母に言われたのが
「あんたね、少しは緊張して寝なさい!」
という言葉です

寝る時にどうやって緊張すればいいんだ

そんな離れ業が人間に可能なのか

そもそも緊張していたら眠れないだろうに

小さかった私は、結構真剣に悩んだものでした

これも同じく小学生の時、四年生の頃の話です
当時の担任は学校で一、二を争う厳格な先生で、彼の前に立つ時は、何も悪い事をしていなくても、非常に緊張したものでした
これは私ばかりではなく、クラス全員そうだった様です
そんな中のある日の事、前日行われた算数のテストが返されました。
悪い点数ではなかったのでホッとしていると、答え合わせの前に先生が私を呼び出したのです
明らかに怒りを湛えた表情の彼の前に、ビビリ上がりながら進み出ると、彼は私を怒鳴り付け始めました

「お前は名前を書く欄に、苗字だけしか書いてない!」
というのです
確かにそうだったので、私は懸命に先生に謝りました
所が彼は、何故か益々激高し
「生意気なんだよ、お前は!」
の怒号と共に私を激しく殴り付けました

余りの勢いに、転倒した後も少し転がってしまった程です

前にも書いている通り、我々は全員が彼を恐れていましたので、言葉遣いや態度には細心の注意を払っていました
それなのに、テストの氏名記入欄に僅かな漏れがあったという程度の事が、そんなに「生意気」なんだろうか

殴られる程悪い事なんだろうか

さっぱり意味が判りませんでした
今でも判りません
おそらく何か面白くない事があって、私に八つ当たりしてしまったのでしょう
そうでなければ彼のとった行動は、完全に狂人のものとしか考えられないからです
おまけに家に帰ってからは、顔を腫らした私に気付いた父に
「お前、先生に殴られる様な、どんな悪い事やったんだ!」
と更に殴られてしまいました

今と違って当時は、親にとっても先生という存在は絶対的なものでしたから、私の言い分等聞いてもらえる筈もありません

踏んだり蹴ったりとは、正にこの事です

次に中学時代の事を話してみたいと思います
二年生も終わりに近かった頃、卒業式のリハーサルが何回か行われました
これは今でもどこでも同じだと思いますが、一年生は参加せず、卒業生である三年生の他は、在校生として二年生が参加するのです
そして在校生代表の送辞の後、卒業生代表の答辞の場面に差し掛かりました。
その時、彼は
「僕達の中学生生活は」
と言わなければならない所を、何を勘違いしたのか
「僕達の中学生せい生活は」
と言ってしまったのです

その時教頭先生が、冷静な口調で
「おい、『せい』が一つ多いぞ」
と指摘したものですから、全員が大爆笑になってしまいました

我々生徒は勿論の事、先生方も涙を流して笑っていたのを覚えています

本番ではなくリハーサルの場であった事が、唯一の救いでしょうか
それにしても、あの先輩は中学生の分際で、どんな「中学生せい生活」を満喫していたのでしょうか
我々も御相伴に与りたかったものです

尚、この項目は長くなる為、明日続きを書かせて頂きます
前段 最後に
一昨日エントランスにサックの外袋を捨てていた馬鹿野郎に告ぐ
貴様には人間としての常識はないのか
そんな物は部屋のゴミ箱に捨てろ
外に捨てるんじゃない
もし見付けたら外袋どころか使用済みを、貴様の部屋のドアポストに投げ込んでやるからな


お読み下さっている淑女の皆さん、どうもすいません(笑)







今日は「言葉」というものについて語りたいと思います

日常生活において我々は、言葉を用いてコミュニケーションをとっている訳ですが、それには発せられた言葉が、有効な意味をもって理解可能なものであるという事が大前提となります。
所が実際には、その前提が崩れてしまった為に、コミュニケーションそのものが成立していないという例が、しばしば見受けられるのです


という訳でここからは、私が過去に体験し、耳にした理解不能な言葉を、いくつか挙げさせて頂きます

まだ私が小学生だった時の事です

当時私は寝る時には二段ベッドの上部分を使っていました

所が私は大層寝相が悪かった為、朝になってみると布団や枕が床に散乱しているといった事がよくあったのです

時々それが下に寝ている妹に当たってしまい、彼女が目を覚ましてしまう事もありました

その時に母に言われたのが
「あんたね、少しは緊張して寝なさい!」
という言葉です


寝る時にどうやって緊張すればいいんだ


そんな離れ業が人間に可能なのか


そもそも緊張していたら眠れないだろうに


小さかった私は、結構真剣に悩んだものでした


これも同じく小学生の時、四年生の頃の話です

当時の担任は学校で一、二を争う厳格な先生で、彼の前に立つ時は、何も悪い事をしていなくても、非常に緊張したものでした

これは私ばかりではなく、クラス全員そうだった様です

そんな中のある日の事、前日行われた算数のテストが返されました。
悪い点数ではなかったのでホッとしていると、答え合わせの前に先生が私を呼び出したのです

明らかに怒りを湛えた表情の彼の前に、ビビリ上がりながら進み出ると、彼は私を怒鳴り付け始めました


「お前は名前を書く欄に、苗字だけしか書いてない!」
というのです

確かにそうだったので、私は懸命に先生に謝りました

所が彼は、何故か益々激高し
「生意気なんだよ、お前は!」
の怒号と共に私を激しく殴り付けました


余りの勢いに、転倒した後も少し転がってしまった程です


前にも書いている通り、我々は全員が彼を恐れていましたので、言葉遣いや態度には細心の注意を払っていました

それなのに、テストの氏名記入欄に僅かな漏れがあったという程度の事が、そんなに「生意気」なんだろうか


殴られる程悪い事なんだろうか


さっぱり意味が判りませんでした

今でも判りません

おそらく何か面白くない事があって、私に八つ当たりしてしまったのでしょう

そうでなければ彼のとった行動は、完全に狂人のものとしか考えられないからです

おまけに家に帰ってからは、顔を腫らした私に気付いた父に
「お前、先生に殴られる様な、どんな悪い事やったんだ!」
と更に殴られてしまいました


今と違って当時は、親にとっても先生という存在は絶対的なものでしたから、私の言い分等聞いてもらえる筈もありません


踏んだり蹴ったりとは、正にこの事です


次に中学時代の事を話してみたいと思います

二年生も終わりに近かった頃、卒業式のリハーサルが何回か行われました

これは今でもどこでも同じだと思いますが、一年生は参加せず、卒業生である三年生の他は、在校生として二年生が参加するのです

そして在校生代表の送辞の後、卒業生代表の答辞の場面に差し掛かりました。
その時、彼は
「僕達の中学生生活は」
と言わなければならない所を、何を勘違いしたのか
「僕達の中学生せい生活は」
と言ってしまったのです


その時教頭先生が、冷静な口調で
「おい、『せい』が一つ多いぞ」
と指摘したものですから、全員が大爆笑になってしまいました


我々生徒は勿論の事、先生方も涙を流して笑っていたのを覚えています


本番ではなくリハーサルの場であった事が、唯一の救いでしょうか

それにしても、あの先輩は中学生の分際で、どんな「中学生せい生活」を満喫していたのでしょうか

我々も御相伴に与りたかったものです


尚、この項目は長くなる為、明日続きを書かせて頂きます

前段 最後に
一昨日エントランスにサックの外袋を捨てていた馬鹿野郎に告ぐ

貴様には人間としての常識はないのか

そんな物は部屋のゴミ箱に捨てろ

外に捨てるんじゃない

もし見付けたら外袋どころか使用済みを、貴様の部屋のドアポストに投げ込んでやるからな



お読み下さっている淑女の皆さん、どうもすいません(笑)







