少し前の話ですが、一部の評論家とキャリアウーマン達が、パート・アルバイトで働く主婦や専業主婦の事を、徹底的に非難中傷していた時期がありました。
彼女等の刺激的言説を面白がって、大きく取り上げたメディアも多いので、御記憶の方もいらっしゃるのではないでしょうか?
彼女等の中の一人は、ブームに乗って本まで出版していました
その主張の要点は
「私達の様な働きのある女性と違って、主婦という者には全く生産性がない。
主婦とは、単に国と夫に寄生している存在だ」
といった、中々のトンデモ論で、笑わせてもらったものです
主婦業というものを、全く理解していない己の無知を自ら万天下に曝してしまった訳ですから、こんな笑えるカミングアウトはありません

果たして彼女等は
「私達に主婦経験は無い。
私達は家庭より、仕事を選んだ」
と堂々と仰ったのです
おいおい
主婦経験が無いのに、どうして主婦業に生産性がない等と言えるんだ

それに、あんたらは仕事を選んだんじゃない
家庭というものに選ばれなかったんだ
もっとはっきり言えば、男に選んでもらえなかったんだ
その結果として、家庭を築いて幸福な主婦となっている方々に、醜く嫉妬しているだけなんだ
喋り過ぎると、もっと恥をかくよ

以上が、彼女等の主張を聞いた時の、私の率直な感想でした
彼女等の主張の余りの荒唐無稽さに視聴者が離れたのか、程無くしてメディアから見捨てられた様な格好になってしまった彼女等は、実に短期間で、あっさりと消えていきました
然し一方で、何か機会がある毎に、前出の様な主張を繰り広げる評論家も、まだ確かに存在しているのです
大体、女性が女性を差別してどうするんだ
確かに主婦業というものは、手を抜こうと思えば、いくらでも手を抜く事が出来る側面があります。
時間と体力が必要な重労働は、今や殆ど電化製品で行う事が可能になっているからです。
然し、大家族の下での協力者の存在があった昔と違って、核家族状態が固定化されている環境に置かれている現在の主婦は、全てを一人で行わなければならないのです



考えてみれば、これは大変な事です
家計を遣り繰りしていくには、商人や経営者の感覚が必要とされます。
大きな買い物をする時や、家族の進学就職等、普段とは額の違う出費が予想される時は、家族に相談する事もあるでしょうが、殆どの場合は自分一人で差配していかなければなりません

家族に食事を作る事も、必要不可欠な仕事です
これには料理人としての能力も求められます
限られた予算の中で、一定以上の味を保った食事を、レパートリーを少くしない様に毎日作るというのは、大変な努力と根気が必要な作業なのです

子供に対しては、教育者でなければなりません。
基本的な躾を教え込み、彼等に社会人としての自覚が生まれて来るまでは、彼等を監督しなければなりません。
時には体罰を加えなくてはならない事もあるでしょう。
彼等が一定の年齢に達するまでは、家庭教師としての役割もこなさなければなりません
夫に対しては、良き同志であり、助言者である事が要求されます。
温かく受け入れるだけでなく、時には厳しく意見しなくてはならない事もあるでしょう。
夫と子供との調整役も果たさなければなりません。
また、一人の女として、夫の恋人でもあらねばならないのです
以上の他にも、数え上げたらキリが無い程、主婦に求められる仕事は広範囲にわたるのです。
主婦業というものは、真剣に取り組めば、この上ない激務なのです。
我々は、もう少し、彼女等の有難さを認識するべきです
家に帰れば、いつもそこにいるからといって、我々は彼女等の働きと存在を、当然の事として考えてはいないでしょうか?
私自身は、今は妻はいませんが、世の男性諸君、一度主婦業の厳しさというものに、思いを致してみて下さい
ここまで読み進んだ方は、私の事をフェミニストと思われたかも知れませんが、とんでもない
実は、ゴリゴリの古風な男権論者で、女性は常に三歩下がって、男を立てるべきだと考えている者です。
現代社会では絶滅しかけている少数派で、絶滅危惧種として公的資金で援助してもらいたいくらいです(笑)
然し、私は、常に女性と主婦に敬意を抱いております
彼女達が務めを果たして下さるからこそ、我々男が、後顧の憂いなく働けるのだという事を知っているからです
そして男権論者は皆、そういう認識を持っております
上辺だけの「優しさ」とは次元が違うのです
最後に
主婦の有難さを知らぬ者達よ
貴様らは、一人で生きているのではない
一度でも主婦業を体験してみろ
そして、その過酷さを思い知り、彼女等に泣きながら土下座するがよいわ


彼女等の刺激的言説を面白がって、大きく取り上げたメディアも多いので、御記憶の方もいらっしゃるのではないでしょうか?
彼女等の中の一人は、ブームに乗って本まで出版していました

その主張の要点は
「私達の様な働きのある女性と違って、主婦という者には全く生産性がない。
主婦とは、単に国と夫に寄生している存在だ」
といった、中々のトンデモ論で、笑わせてもらったものです

主婦業というものを、全く理解していない己の無知を自ら万天下に曝してしまった訳ですから、こんな笑えるカミングアウトはありません


果たして彼女等は
「私達に主婦経験は無い。
私達は家庭より、仕事を選んだ」
と堂々と仰ったのです

おいおい
主婦経験が無いのに、どうして主婦業に生産性がない等と言えるんだ

それに、あんたらは仕事を選んだんじゃない

家庭というものに選ばれなかったんだ

もっとはっきり言えば、男に選んでもらえなかったんだ

その結果として、家庭を築いて幸福な主婦となっている方々に、醜く嫉妬しているだけなんだ

喋り過ぎると、もっと恥をかくよ


以上が、彼女等の主張を聞いた時の、私の率直な感想でした

彼女等の主張の余りの荒唐無稽さに視聴者が離れたのか、程無くしてメディアから見捨てられた様な格好になってしまった彼女等は、実に短期間で、あっさりと消えていきました

然し一方で、何か機会がある毎に、前出の様な主張を繰り広げる評論家も、まだ確かに存在しているのです

大体、女性が女性を差別してどうするんだ

確かに主婦業というものは、手を抜こうと思えば、いくらでも手を抜く事が出来る側面があります。
時間と体力が必要な重労働は、今や殆ど電化製品で行う事が可能になっているからです。
然し、大家族の下での協力者の存在があった昔と違って、核家族状態が固定化されている環境に置かれている現在の主婦は、全てを一人で行わなければならないのです




考えてみれば、これは大変な事です

家計を遣り繰りしていくには、商人や経営者の感覚が必要とされます。
大きな買い物をする時や、家族の進学就職等、普段とは額の違う出費が予想される時は、家族に相談する事もあるでしょうが、殆どの場合は自分一人で差配していかなければなりません


家族に食事を作る事も、必要不可欠な仕事です

これには料理人としての能力も求められます

限られた予算の中で、一定以上の味を保った食事を、レパートリーを少くしない様に毎日作るというのは、大変な努力と根気が必要な作業なのです


子供に対しては、教育者でなければなりません。
基本的な躾を教え込み、彼等に社会人としての自覚が生まれて来るまでは、彼等を監督しなければなりません。
時には体罰を加えなくてはならない事もあるでしょう。
彼等が一定の年齢に達するまでは、家庭教師としての役割もこなさなければなりません

夫に対しては、良き同志であり、助言者である事が要求されます。
温かく受け入れるだけでなく、時には厳しく意見しなくてはならない事もあるでしょう。
夫と子供との調整役も果たさなければなりません。
また、一人の女として、夫の恋人でもあらねばならないのです

以上の他にも、数え上げたらキリが無い程、主婦に求められる仕事は広範囲にわたるのです。
主婦業というものは、真剣に取り組めば、この上ない激務なのです。
我々は、もう少し、彼女等の有難さを認識するべきです

家に帰れば、いつもそこにいるからといって、我々は彼女等の働きと存在を、当然の事として考えてはいないでしょうか?
私自身は、今は妻はいませんが、世の男性諸君、一度主婦業の厳しさというものに、思いを致してみて下さい

ここまで読み進んだ方は、私の事をフェミニストと思われたかも知れませんが、とんでもない

実は、ゴリゴリの古風な男権論者で、女性は常に三歩下がって、男を立てるべきだと考えている者です。
現代社会では絶滅しかけている少数派で、絶滅危惧種として公的資金で援助してもらいたいくらいです(笑)

然し、私は、常に女性と主婦に敬意を抱いております

彼女達が務めを果たして下さるからこそ、我々男が、後顧の憂いなく働けるのだという事を知っているからです

そして男権論者は皆、そういう認識を持っております

上辺だけの「優しさ」とは次元が違うのです

最後に
主婦の有難さを知らぬ者達よ

貴様らは、一人で生きているのではない

一度でも主婦業を体験してみろ

そして、その過酷さを思い知り、彼女等に泣きながら土下座するがよいわ


