ちょこっと仏門、想い、徒然と...

ちょこっと仏門、想い、徒然と...

原田 幹
禅僧•コンサルタント業ですが、最近主きを感じるのはモチベーションスピーカーです。かつては少林寺拳法の先生、今は自由に生きています。お仕事は食べていけるだけで充分。

ー職域—
企業のコンサル/戦略プロデュースを行っています。

結構いい歳なのですが、最近は歳を重ねるのも悪くないと想い始めてきました。
本業は下記の通りなのですが、仕事はミニマム、残りの人生は少しは人様の役に立ちながらも自由に生きたいと思っています。最近の投稿は1999年に執筆したものです。当時はブログなど全く普及しておらず、ホームページにHTMLで直接書いていました。そのサイトは現在は閉鎖していますが、サーバーバックアップを見つけた為、20年以上の時を超え、記録用にアップします。
2011年に少林寺拳法から離れ、少し離れた所から少林寺拳法を見て、考えて、心のなかでは禅僧である事に感謝したいと思っています。

システムエンジア・ソフトハウス・ITコンサル・レストラン経営を経てコンテンツプロデューサーを仕事としています。
仕事柄、なくなるお店とよくなるお店を数多く見てきました。
そこには決定的な違いがあるのです。
インターネットを活用したマーケテイングはもちろんですが、地域店が生き残るためには、デジタルマーケーティングと人と人をつなぐアナログマーケテイングが不可欠なのです。
前年対比200%を可能にするヒントになれば幸いです。
Amebaでブログを始めよう!

ありがとうございました。


今から26年前1996年に一念発起し、少林寺拳法の道場を建設、道院を設立しました。当時40歳の誕生日に本部で大拳士五段の允可を頂きました。

地域の子供達や若い人達などに恵まれ、勢いある道院だったと思います。

この道院は15年の節目で、諸般の事情により廃院としてしまいましたが、私にしては本当に素敵な門下生に囲まれ、彼らと共に大きく成長できた時間でした。

当時から保護司を拝命していた私は、少林寺の拳士以外ですが地域で問題のある子供達、少年院から出てきた者とか、とかく問題を抱えた子供達と多く関わっていました。

その者達の背景には必ずと言って良いくらい親御さんの在り方に大きな問題があります。

その要因は

・過干渉

・過保護

・過放任

・そして責任転嫁…


「これは子供へ指導以前に親御さんに考える機会を作らないと行けない」


せめて道院にお子様が通うご父母に伝える方法はないかと考えてみましたが、上から物言っても受け入れてくれる訳はなく、そこで


「お子様のやっている少林寺拳法とはこう言う考え方です」


と言うことで、仕事がら得意であった携帯へインターネットの配信で書き綴った物が、このシリーズでした。

一般拳士が揃って学科の時間も中々取れないため、拳士の自己啓発になって欲しいという想いもありました。



今年に入りハードディスク整理中に偶然出て来た物を、今の時代にあわせたインスタ・ブログに記録用としてリライトさせていただきました。

ほぼ、主要部分は全て掲載出来たので、ひと段落して、かつての少林寺拳法関連のお話しは終了とさせて頂きます。お付き合いをいただいた皆様、あらためて感謝❣️


現在では、仕事もリタイアし、のんびりと社会の役に立てる活動をしながら、年齢超えた素敵なお友達とバイクに乗ったり、ギターを弾いたりと幸せに暮らしています。


ありがとうございました。


190円の葛藤..

先日、11歳の次男と二人でマクドナルドへいった時のこと..
原田はオーダーに悩んでいた。

「新作メンチバーガー」..
「ベーコンレタスバーガー」
どちらも捨てがたい..

店員にオーダーしては「やっぱ..」などと優柔不断なやり取りを繰り返していた。

結局のところ、まだ食べたことのない「メンチバーガー」へ落ち着く..

支払いを済ませ商品を受け取り座席につく..

「さぁ食うぞ!」、受け取った商品トレイの中から「メンチバーガー」を探す..

自分のハンバガーを見つけ、おもむろにパッケージを開けながら何気にテーブルの上のトレイに目を向けると..
「あらら..」

そこにはなんと「ベーコンレタスバーガー」が..

「ふたつ頼んだ覚えはない..」

早速、レシートへ目をやる原田..
調べてみるとレシートには「ベーコンレタスバーガー」は記載されていない!
店員が間違えたのである。

原田:「これ頼んでないよね..」(次男へ)

  ラッキー!思わず顔が緩む原田であった。
  
次男:「返さないといけないよね!」

 ..一瞬の間..

原田「そうだね。返してくるね」

何とも情けない話である。日頃、大人の責任を口うるさく説く、原田であったはず..

おそらく、逆にオーダーしたものが入ってなかったら、容赦なく店員に文句を言う自分の姿はあまりに簡単に想像できる..

金額の大小もあるにしろ..
「ラッキー!」と思った自分は....
子供は純粋である..

子供達に偉そうなことはいくらでも言える。

大人達はどこか自分達に甘くなってしまっているのかもしれない。
190円のハンバーガーをカウンターへ返しに行く..

店員さんの顔は驚いているようにも、微笑んでいるようにもみ見えた..

「まだまだ修行が足らんな..」と思いつつ、ほうばるメンチバーガーは複雑な味がした。



この記事は1999年〜2002年頃に執筆したもののリライトです。当時はブログそのものがなく自作のホームページにHTMLで直接書いていました。終活(笑)記録用にリライトしています。


普通.

原田が少林寺拳法に始めて接した頃、深く印象に残っていることがある。
当時から原田は小さいながらも会社を経営していた。

当時は若手のバリバリ社長で口だけは達者で経営者を気取っていたのかもしれない。

ある日、少林寺拳法の看板を見つける..

「少林寺..」

16,17の頃あこがれていた武道である。

さっそく長男をおだて、その気にさせ、まずは入門させた。
かれこれ2年近く父母用の見学席を暖めていたのではないだろうか..

まず、最初に驚いたこと、武道の先生が子供達を集め、学科と称し「戦争、本当の強さ、いじめの問題」を真剣に説いていること.

「年端もいかぬ小学生の低学年相手に、難しい話しているなぁ」そう思ったものである。

しかし、子供達は子供達なりに少しずつ理解していく。

子供だからと、あきらめず繰り返して教えていくこと..

むしろ子供のうちに大切な部分を教えることが重要なのだ。

偉そうなことを言うと「照れ」が生じなんとなく言わずじまいになったり、「当たり前の事」と見過ごすことが大人の悪いところなのかもしれない。

ある日、M道院長と話すことができた。

原田:「先生、毎日大変ですね。稽古や日曜日は武専とか何やかんやと良く身体が持ちますね..」

M道院長:「ははは、これが私の"普通"、道院長としてやるべきことをするのだから、まして大好きな少林寺をやらせてもらっているのだから"普通"、大変だと思ったことはありません。」

そんな返事が返ってきた..

その言葉に深く見せられた..

当時は「社長」として資金繰や営業など走り回って、ついつい愚痴が多くなっていた時期でもあり、M道院長の言葉を「社長としての普通」と考えたとき、一気に霧が晴れていったことを原田は記憶している。

考えてみれば"普通"はどこにでもある。

親としての普通、
大人としての普通、
男としての普通、
女としての普通、
受験生としての普通、

普通を大変と感じ、愚痴をこぼすか、乗り切るか..

それはその人次第なのである。

そしてその"普通"を"大変"と評価するのは他人なのである。

今では原田もささやかな道院ではあるが門下生を持つ道院長である。

誰かに、「大変ですね..」と問われると、あの時のM道院長の言葉をそのまま使わせてもらっている。

確かに肉体的には疲れる。

しかしそれ以上に「誰かに必要とされること」が、パワーとなってくるのである。

少林寺の考え方は素晴らしい!

しかし少林寺も人の集まり、人の質が大切なのだ!

言うが易し、行うが難し!
初心を忘れてはいけないのだ。


この記事は1999年〜2002年頃に執筆したもののリライトです。当時はブログそのものがなく自作のホームページにHTMLで直接書いていました。終活(笑)記録用にリライトしています。


演武について

少林寺の演武について、また原田個人がどのように考えているか、ご理解いただきたく、ご案内させていただきます。

演武には単独演武・組演武(2~3人)団体演武があります。
もっとも簡単に稽古できるのが単独演武です。
ご察しの通り、一人で行う演武のため、誰に気を使うでもなく、簡単に取り組むことができます。

しかし、これは「相手がいない」という理由で大会へ出場できない拳士のための救済処置とお考え下さい。

なぜなら、少林寺の演武は相手があってこそ意味あるものであるからです。

共に同じ目標を持ち、互いに努力します。

家族ならともかく他人同士が行うわけですから稽古日の調整や、時には相手よりうまく出来ないという劣等感をもったり、自分より技術のない相手に嫌気をさしたりすることもあります。

しかし、そういったストレスに直面し、
「どうしたら良いか?」
「何と言って相手の悪い点を直させるか?」
などを自然に学べます。

結果としてよい結果がでれば、その達成感は何者にも変えがたいものがあるのです。

小学生においては、言われた通りにやることで精一杯かもしれませんが、中学生以上になれば、自我も完全に芽生え、不満や葛藤にぶつかり、自分自身で障害をどう乗り越えていくかを自然に学べるものだとおもいます。

また、団体演武においては2人だけの問題ではなく6人~8人の違う環境で育った者達と行うわけですから、まさに大変なことだと思います。

私は子供達へ少林寺を通じ、仲間の大切さや、問題にぶつかった時のストレスの処理の方法など、たとえば半分相手のことを考えて、言葉を選びながら言わなくてはならないこと言うこと、言われたことに腹を立てずに素直に受け止める..

大人でもなかなか難しいことを少しずつでも学ばせて行きたいと考えています。

自分から何かをやろうとする気持ち..

自分ひとりの力ではなく他人に合わせて、同じ目的の為に汗を流すことを惜しまない心を持つ大人になってもらいたいと思います。

おそらく、錬成大会で良い成績をとることは難しいと思います。

なぜなら、競技として真剣に取り組んでいる少年拳士達が全国には山ほどいるからです。

むろん良い成績を残せれば、それに越したことはないのですが..

それには人並み以上の稽古を数ヶ月掛けて行う必要があります。

もちろん、拳士本人がそれを望めば、私はとことんお付き合いいたしますが、私は子供達にとって、それより大切なことがあると考えています。

学校や近所の友達が遊んでいたり、塾に行っている中、小さな道院の中の僅かな仲間達と貴重な時間を使い同じ目的の為に汗を流す..

そして色々と考え学ぶことができる..

少林寺の演武とは人と人のコミュニュケーションを学ぶ素晴らしい道具なのです。



この記事は1999年〜2002年頃に執筆したもののリライトです。当時はブログそのものがなく自作のホームページにHTMLで直接書いていました。終活(笑)記録用にリライトしています。

感動!エリッククラプトン..


 先日、エリッククラプトンのコンサートを見てきた。涙もろい原田は予想通り、ボロボロであった。

 オープニング..
 ティアズインヘブン..
 いとしのレイラ..

拭っても拭っても涙が溢れてとまらない。
原田の若いころあこがれたアーティストでレコードは何百回も聞き、大いに影響をうけた人である。

実は実際に目の前で見るのは最初で、またおそらくこれが最後になるコンサートであろう。

クラプトンはこれから子育てに専念するため、音楽活動から引退するのだそうだ。

コンサート会場はネクタイ姿の中年のファンも多い..溢れる涙でふと自分の席の周りを見るとみんな涙目のように見えたのは気のせいではない。

クラプトンの最後になるかもしれないコンサートだったということも手伝ったのかもしれないが、ともかく感動のコンサートであった。

武道館を出て込み合う九段下の駅を避け、JR市谷までとぼとぼと歩きながら原田は考えていた。

「56歳のクラプトン、たくさんの人々を感動させた..自分は後10年後どれだけの人を感動させることができるのだろう..」

もちろん、彼は特別だ..
彼と同じように世界中の人を感動させることはできない..
しかし、少なくも自分にかかわる人々にどれだけ影響を与えることができるのだろう..

いい影響..

感動を..

開祖もたったひとりで始めた拳法を通し、150万人の人々に大きな影響や感動を与えてくれた。

自分も大切な少林寺を通してどれだけの人々に良い影響を感動をあたえられるのだろうか..

クラプトンや開祖のようにとは行かないまでも、せめて身近な人々に少しでも、良き影響をあたえたい。

少なくも人は年をとり、黙っていても人生の先輩となっていく..

せめて子供達に
「大人っていいな..早く大人になりたい」
と思ってもらえるように生きていきたいと思う。

子供達に夢はあたえられるのだろうか?

魅力ある人でありたい。
魅力ある大人でありたい。
感動することに敏感でありたい。

そんなことをトボトボと歩きながら考える原田であった。

若き日に憧れや夢を与えてくれたクラプトン.
お疲れさまでした..

また、歳をとっても感動を与え続けてくれたクラプトンありがとう..



この記事は1999年〜2002年頃に執筆したもののリライトです。当時はブログそのものがなく自作のホームページにHTMLで直接書いていました。終活(笑)記録用にリライトしています。