著者:岡野龍太郎
2026年5月13日夜9時、ドナルド・ジョン・トランプ第45・47代米国大統領を乗せた「空飛ぶホワイトハウス」・エアフォースワンが北京国際空港に降り立った。
世紀の首脳会談を予兆させる白頭鷲が、旅の疲れを癒すように新緑の北京に静かに翼を休めたのである。ワシントンから11,100キロメートル、17時間近くに及ぶフライトであり、左右を護衛戦闘機が警護する最高レベルの長い旅であった。
飛行ルートや給油地は機密事項であり基本的に公表されないが、今回は途中のアラスカで給油した時に、ジェイスン・ファン(エヌビディアCEO)が急遽、訪中団に合流するためエアフォースワンに乗り込んでいることから、今回のフライトはアラスカのアンカレッジ経由であったと判明した。
アンカレッジから北京までは5,200キロ、アンカレッジ・ワシントンDC間は5,000キロであるから、アンカレッジはワシントンと北京の中間地点になる。
昨年、8月15日には、このアラスカ州アンカレッジのエルメンドルフ・リチャードソン統合基地でプーチン、トランプ会談が行われている。アンカレジ・モスクワ間は5,800キロであり、考察すれば米中露三国の等距離中間点は、まさにアラスカ州アンカレッジである。このことから世界の新秩序の地政学的ポイントはアンカレッジであることを見逃してはならない。
エアフォースワンを警護するのは米空軍だが、総ては安全保障上の最高機密である。基本的には、F-16ファイチング・ファルコンやF-22ラプター・ステルス戦闘機などの2機が並んで飛行すると言われている。しかし、ルートも護衛の有無・機種・機数も最高機密である。
この6月14日に80歳を迎えるトランプにとって今回は8年半ぶりの訪中になるが、中国側のおもてなしは「国賓(国賓訪問)」として迎える最高級のものであった。1979年の米中国交正常化以来、国賓として訪中した歴代米大統領は、ロナルド・レーガン(1984年)、ビル・クリントン(1998年)、ジョージ・W・ブッシュ(2002年)、バラク・オバマ(2009年)、そしてドナルド・トランプ(2017年)と今回二度目の訪中で8人目となった。
前回のトランプの訪中は「国賓プラス(State Visit Plus)」と破格の待遇であり、故宮を貸し切りでのもてなしだった。これまで米国大統領の宿泊先はマリオット・グループの「セントレジス北京」であったが、今回の宿泊先はセキュリティの観点から駐アメリカ大使館から徒歩9分の「フォーシーズン北京」が選ばれたと言われる。しかし具体的なホテル名はセキュリテイの関係から公表されていない。
トランプ大統領のエアフォース・ワンに同乗して一緒に訪中したビジネス集団のメンバーは、米国を代表する企業のCEO(最高経営責任者)20人ほどで、詳細は報じられていないが、これからの世界経済の新秩序の基盤となる象徴的なディ―ルが展開されていたことは間違いない。
テクノロジー・AI・通信のトップ企業では、イーロン・マスク(テスラ/スペースX)、ジェンスン・ファン/黄仁勲(エヌビディア)、ティム・クック(アップル)、ディナ・パウエル・マコーミック(メタ)、クリスティアーノ・アモン(クアルコム)、サンジェイ・メロトラ(マイクロ・テクノロジー)、チャック・ロビンス(シスコシステム)など超優良最先端企業である。
金融・資本業界からはラリー・フィンク(ブラックロック)、スティ―ブ・シュワルツマン(ブラックストーン)、ジェーン・フレーザー(シティグループ)、デービット・ソロモン(ゴールドマン・サックス)、ライアン・マキナニー(Visa)、マイケル・ミーバッハ(マスターカード)が加わった。
さらに航空宇宙・製造・農業・決済分野からはケリー・オルトバーグ(ボーイング)、H/ローレンス・カルプ(GEエアロスペース)、ジェイコブ・セイスン(イルミナ)、農業・食品からはブライアン・サンクス(カーギル)と中國市場を見据えた壮観な布陣である。
中國とアメリカの経済・産業の未来がこれらの先端・大企業に委ねられているのだ。これらの企業群から見えてくる未来社会はどのような世界になるのか明らかである。具体的には中国市場を見据えたこれらの企業の狙いが、テスラは上海工場、エヌビディアはAIチップ、クアルコムは5G特許、ボーイングは航空機受注、イルミナは遺伝子解析・バイオテクノロジー、カーギルは農産物・食品原料であり、見逃してはならないのはメタ(META)のソーシャルメディア、デジタル広告、バーチャルリアルティである。
とりわけ注目すべきは、テスラの完全自動運転車は中国で圧倒的な人気があり、エヌビディアのAIチップ「H200」をアリババ、テンセント、バイトダンスなどへの購入を承認したことである。エヌビディアのCEOのジェンスン・ファンは中国系アメリカ人で黒い革ジャンを着たファッションはフランクであり、街中でラーメンをすするなどイーロン・マスクに敗けずとも劣らぬ存在感を示した。
ボーイング社は「737MAX」の受注で500機を目論んでいたが、とりあえずは2017年以来の200機の大型受注に成功した。
トランプ大統領と習近平国家主席の首脳会談の報道に目を奪われていたが、ビジネスのミッションは、巨大な中国市場にブリッジを懸けることに成功したのだ。
まさに米中間の諸課題を解決し、「競争と共存」の新たなる秩序に向けて世界はその緒に就いたのである。
一方、明らかなことは、この巨大市場を共有し共存することの重要性に鑑みれば、米中にとって東アジアの緊張は決してウェルカムではないのだ。この事実に目をつぶり、放置すれば日本は本当に世界の孤児になりかねない危機を孕んでいる。
大国と大国がディ―ルするとき、小国は切り捨てられる。日本はこれまで経済大国であったのでその杞憂はなかったが、いまや日本はOECD加盟国で一人当たりGDPは、38加盟国中で24位、労働生産性は28位と低位の普通の国である。その事実に思いを致さなければならない。
国際政治はリアリズムのドラマである。半世紀前の1972年には日本の頭越しにニクソン訪中があったことを忘れてはならない。その前年には、沖縄返還、金・ドル交換一時停止、ドルショックがあったのである。このように歴史の転換点は既成概念の破壊から始まるのだ。
かくして、トランプの訪中は共同宣言こそ出さなかったが、米中の新時代を告げる「競争と共存」のディールの扉をこじ開けたのだ。そして大事なことは、「核武装禁止」の合意こそ米中の新秩序の言わば「ジョーカー」、切り札になったことである。
14日夜には、米中首脳会談が行われた北京の人民大会堂で晩餐会が開かれた。
習近平主席は、この晩餐会冒頭、「中国と米国はライバルではなくパートナーになるべきだ」と語った。トランプ大統領は、「9月に習主席を米ホワイトハウスにお招きしたい」と表明した。米国のトップ企業経営者も加わったこの日の晩餐会では、新しい扉が開いたことを祝福するかのように最高級の中華料理が提供された。
料理は、冷菜、ロブスターのスープ仕立て、牛肉のクリスビー焼き、北京ダック、サーモンのマスタード合え、点心など8品に、デザート、フルーツが用意された。デザートには、アイスクリーム以外にティラミスも加える気配りようだ。中国産のワインも振る舞われ、トランプ大統領の好きな「YMCA」も演奏され、友好ムードは最高潮に達したのである。
晩餐会の中華料理は、中国の好みを自己主張するのではなく、アメリカの友人に配慮した上質の風味で味付がほどこされ、中国式おもてなしがなされたのだ。
結局、人と人との交流は、心と心がつながらなければならない。それは相手の立場を尊敬することである。そして最高級の食事も信頼し楽しい相手でなければ美味しく頂くことは出来ない。今回の食事はさぞかし美味しかったに違いない。
翌朝、訪中から3日後、トランプの乗った白頭鷲(BladEagle)は悠然と翼を広げ北京を飛び立ちアメリカの地に向かったのである。9月に習近平を招聘したアメリカは、200年祭(バイセンテニアル)から半世紀が過ぎた今夏、7月4日に建国250年祭(セミキセンテニアル)を迎えるが、祭典開催に伴う軋みも出ているようだ。
江戸幕府は264年で大政奉還された。はたして50年後、断末魔のアメリカは300年祭をどのような形で迎えているのだろうか。