私が小学2年生の頃の記憶に遡ることになりました。
母親がタンスの中の服を一枚一枚丁寧にたたみ直している姿を不思議に見ていた私に、
母親から
「お父さんと離婚するかもしれない」と告げられました。
私は、あ~それでタンスの中を綺麗にしていたのかと納得。
この人達はもしかしたら私達兄弟を捨てるかもしれないんだなと考えました。
離婚=わたしを捨てる(誤認なんだけど)
私は母親にも父親にもついていきたくないと思いました。
離婚したら自分は孤児院に入って、
これから先自分は結婚もしない、
だから1人で生きていけるようになろうと思っていました。
小さい私と、大きい今の私と、
当時の若い母親とで対話しました。
私は当時の母親も苦しんでいたことは
頭で理解はしていました。
ですが、いつかこの人達は
私をすてる選択をするかもしれないと、
いつその時が来てもよい様に心の準備をしていました。
当時の私は怒っていて冷めた目をしていました。
親が決めることだから
そこに自分の思いを伝える意思は全くありませんでした。
自分が悲しんでいることに気付いていませんでした。
怒っていたから。
違う場面での記憶は、
母親に褒められたい一心で、
好きでもないことを頑張っていたのに(学業や剣道)
頑張っても褒められることなく
努力は認められないと気づき、
頑張るのをやめました。
結果を出しても出さなくても
求められ続けるだけで
終わりがないように感じていました。
頑張ったことに対して
褒めて欲しいと母親に言っていませんでした。
結果を出しても出さなくても、
褒めて欲しかったと言えていませんでした。
悲しみを誰に伝えるわけでもなく、
1人自己完結して突っ走る。
誰かに自分の気持ちを話すという
習慣が家族・私の中にはありませんでした。
小さいチエミちゃんをほったらかしにしていたから、
いまだに心の中と外が離れていて
言っている事と、
やっている事が不思議とバラバラで、
仕事も何をしていいのか、したいのか、
自分のことが分からない状態にまでなっちゃった。
だから小さいチエミちゃんに、協力してもらいました。
大きい私は、小さいチエミちゃんの
母に言えなかった気持ちを代弁をしました。
2人で協力しました。
両親の離婚関係なく、
母親は一生私の母親である。
父親は一生私の父親である。
それは変わらない事実である。
そのことも二人で納得し合えました。
母親も当時親として、とても頑張っていたし、
一人の人間としても戦っていたんだよね。
心の余裕もなかったよね。
母親が出来ない私を認めなくても、
今の私が認めていることを宣言しました。
小さいチエミちゃんは、少し嬉しそうです。
大きいチエミを助けようとも思いました。
頭の中で大人な私が、大人な対応しなくちゃと
こうあるべきだ、こうした方がいいに決まっていると、
本当の気持ちをないがしろにし続けていたら、
これから先も拗ねたチエミちゃんを
増やしていくだけだな-。
小さいチエミちゃんに大人の常識は関係なくて、
だって私はこうなんだ!と頑なだから、
気持ちを言葉にして表現させてあげながら、
足りない部分は〜だったんだよね?と
確認とりながら、寄り添ってあげたい。
まっすぐ歩こうとしても、
そっちは危ないって足をつかんで
助けようとする子が沢山いるみたい。
そっちへ行くと、そちらを選択すると、
また、傷付くよ
また、悲しい思いをしちゃうよって
良かれと思って選択の方向を決めてくれるんだけど、現実には邪魔しているというか、
同じ現実を繰り返す自動選択機能が
こっそり内部に設置されているみたい。
大人な私はそれを押さえ込もうとするから
そりゃ拗ねますわな。
拗ねたままだと、
いつまでたっても心は軽くならないし、
自分が分離していくことを加速させるだけだなー。
これからは私自身と一緒に対話していきながら、
許せなかったことや、悲しかった事等、
少しずつ本当の意味で許せていけたらなと思っています。
大人な思考では、そんな子供じみた感情を
もっていることが恥ずかしいと感じてしまいがちだし、
自分で自分が分からない。
認めてあげないから暴走して突っ走る。
周りにも迷惑かけちゃうよね。
自損事故で終わらないよね。
自分以外の人とも対話を重ねていく努力をしよう。
そして日々、自己内対話を心がけるぞ!
そんな風に思いました。
全ての経験を、今に役立てるぞ~~~い。
