孤高と追憶の果てに‥‥昭和は遠くに成りにけり
                      弦之介

 何故か今でも不思議と覚えてる事があった。もう60年以上も前の保育園の帰り道の事だ。その田舎町を流れるとても大きな用水路は地元で五万石用水と呼ばれていた。今にして想えばその豊潤で膨大な水量は用水路と言うより既に立派な大河であった。その河の流れる|様《さま》をただ見たくてコンクリートの手摺り柵前の地べたに座り込み、薄汚れた黄色の保育園の帽子が落ちないよう気を付けながら飽くこともなくズッーとそれを眺めて居た‥‥深緑色の洋々としたその河の水は丁度自分の座った柵の下辺りから急激な勾配をもたせ勢いよく流れるドンドンと呼ばれる構造に依ってその深緑色の水は恐ろしく勢いよく無数の白い泡を掻き立てて急激な急流になり其処から一気に下っていった‥‥そして|只管に《ひたすら》ぼっーとその河の一点を見詰めているとそのうちに、自分の今居る空間が突然、熱した飴細工の様にグニャリと歪み出し、河の流れと逆方向にどんどん押し出される様に動き出すのだった‥‥それが幼な心に大層に不思議で、何度も飽く事無く小学生になってもまだ視ていた光景を何故か今でもアリアリと憶えているのだ‥‥。
 またその五万石用水には不思議と縁が有り、橋から僅かに上流でその後何年後には私はそこに落ちて、溺れてしまうのでもあったが、ソレも何をしようとして川に落ちたのかアリアリと憶えているのだ‥‥。