2012,10,5     エペソの信徒への手紙6章

エペソ人への手紙、ピリピ人への手紙、コロサイ人への手紙、ピレモン人への手紙は、パウロがローマで獄中生活を送っているときに書かれたものと考えられています。

11節を見てみたいと思います。
「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。」と新改訳では訳されています。
ここで、悪魔とはヘブライ語のサタンと意にふさわしく、その意味は「敵」あるいは「迫害するもの」を表します。
当時、クリスチャンたちは悪賢い策略をもってかかってくる迫害者たちにどう立ち向かえばいいのか分からず、その迫害にあっていることが牢獄にいるパウロの耳にまで入っていたかもしれません。 そこでパウロは命令形でエペソの人々に手紙を送るのです。
「神の全ての武具を身に着けなさい」また 「私たちの戦いは血肉を相手にするものではなく、」とパウロは霊的戦いに備えることを強調しています。
ここで「神の全ての武具」とは何でしょうか。
ローマ人への手紙13章11-14節を見ますと、私がお読みします。
「あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなた方が眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。 夜はふけて、昼が近づきました。 ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具をつけようではありませんか。遊興(ゆうきょう)、酩酊(めいてい)、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。」と書いてあります。
更に、エペソ人への手紙6章においては、「もろもろの悪霊との戦いのために、しっかり立つこと、腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音を備えてはきなさい。そしてこれらすべてのものの上に、信仰の盾をとり、救いのかぶとをかぶり、御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。さらにどんなときにも御霊によって祈り、忍耐の限りを尽くして、又祈りなさい。」
そのように、戦いにしっかり備えることを命じています。 パウロはエペソ6章20節に、たとえ自分は鎖につながれても福音のために大使の役を果たしていること、さらに彼は語るべきことを大胆に語れるように、祈ってくださいとエペソの信仰者たちにとりなしの祈りを求めています。そうです。私たちはキリストを信じるキリスト者であり、天の御国の良き知らせを伝えるべき証人(あかしびと)で、またキリストの大使です。ですから次から次へと来る世の誘惑やこの暗闇の世界の支配者たちであるもろもろの悪霊に勝利して行けるように今日も心の目を覚まして祈っていきたいと思います。