何とか、どんよりとした空気に日が差してきたころで、みんなで食事をして解散となるのが恒例となっていた。

そのころには、私もすっかりと機嫌が直っているので、祖父母と一緒に外まで出て、みんなに

『また、遊びに来てね』ってとか、調子の良いことを言いながら、片手でお婆ちゃんの手をしっかりと握り、この手を握ってっていうのは、利恵ちゃんち家族も、ゆかりちゃんち家族も、それぞれの家族で手を繋いで、

『さつきちゃん、バイバイ、またね』って、手を振るので、なんかそれが妙にはらただしく見えて、私も負けるもんかって、独り相撲の感じ祖母の手を握って

『バイバイ』と言いながら、もう片方の手を振って、みんなの姿が消えるまで見送る、これが決まりのようになっていた。

そして、もう一つの決まりが、そのあと家に入ると私は、祖父母に

『さつき、そこの座って』って言われて

『駄目だよ、さつき、順番はちゃんと守らなくては。ほら、映画を見に行った時だって、みんな来た順番に並んで待っているだろう。トランプもカルタもなんでも同じなんだよ。さつきも、ちゃんと並んで待っているのに、抜かされたら嫌だろう。そんなずるいことは、なんでも駄目なんだよ』って、言われると

『でも、いつもお爺ちゃんだって、お婆ちゃんだって、叔母ちゃんだって、さつきがって言うとさせてくれるもん』って、口を尖らせて言うと

『それはね、いつもは誰も居ないから、みんなが一緒の時は、ちゃんと』って、お婆ちゃんが言いかけたとき

『知っているよ、さつきは、お母さんのいない子だから悪い子なんでしょ』って、私、言った覚えがある。そうしたら、祖父母はどこに怒りをぶつけていいのか、怒りを通り越して悲しい顔をして

『さつき、可哀そうに。誰が、そんなことを。さつき、さつきは、お母さんがいなくても、悪い子なんかじゃないし、お母さんがいるとかいないとかで、人を見てはいけないんだよ。さつきは、お母さんがいなくても引け目を感じることはないんだよ』って、私には、引け目っていうことがよく分からなかったけれど。そして

『お父さんがいて、お母さんがいても悪い子は悪い子なんだよ』って、祖母

『さつき、さつきはまだよく分からないだろうけれど、親のことで後ろ指刺される様な子になったら駄目だぞ。お母さんがいなくても、お爺ちゃんとお婆ちゃんがいるだろ

う。今度、そんなことを言う人がいたら、お爺ちゃんに言えば、やっつけてやるから』って、祖父

でも、祖父母は、誰がそんなことを言うとかより、そんなことを言われないような子に、育って欲しいって。私の記憶の中では、私が子供のころって、片親っていうとどちらかというと、ただそれだけで子ども自身とは関係なく、ハンディーを先に付けられていたような。

何か犯罪があると、

『ああ、あそこの家は、片親だから』って、いうのをよく聞いたことがある。

そんな時に、子供なりに考えて

『お婆ちゃん、さつきも片親だから、悪い子になるの。お巡りさんに連れて行かれるの』って、聞くと祖母は

『そんなことないんだよ。お父さんもお母さんもいても、お巡りさんに連れて行かれる子はいるんだよ。さつき、お母さんがいるとかいないとかは、関係がないんだよ。さつきが良い子でいれば、それでいいんだよ』って

正直に言うと、何をどう言われてもよく理解できる年ではない。


         つづく