その夜、僕たちは加奈ちゃんをお母さんの夢の世界へと送り出し、もう一度、力ちゃんの家に行った。

今日は力ちゃんに会うためではなく、加奈ちゃんが上手くお母さんの夢の扉を開くことが出来て、おかあさんと会って話が出来たかどうかを見届けるために。

ここの家は、昨日来た時と同じように、静まりかえっている、二階の力ちゃんの部屋には明かりが点いているけれど、何も聞こえない、かすかな人の気配だけ。一階も、おじさんはまだ帰っていないみたいだ、おばさんはベッドで横になっている。でも、寝るという感じではない、焦点は合っていないんだけど、目が開いている。なんだか、僕らのほうが切なくなってくる。空君は、元気なときのおばさんを知っているから、目にたまってくる涙を隠すことが出来ない。

『ねぇ、聞いていい、素朴な質問なんだけれど』って、リッちゃんがこの静けさを破った。

みんなが一斉にリッちゃんのほうを見て

『なに』って、かなりシビアな顔で

『あのさ、力ちゃんはいつも食事どうしているのかな』って、声が段々尻つぼみになりながら、体も小さくして

『そうだね、どうしているんだろう。ここの家から、食べ物の匂いがあまりしない、乾いた匂いだけだね。おばさんも随分痩せているし』って、アッちゃん

『力ちゃんのメールでは、僕んちでたまに食べているみたいだけれど、そんなの数に入らないし』って、空君

『そう、食べないと愛ちゃんみたいに、死んじゃう』って、愛ちゃんが悲しげに

『しー、静かにして、聞こえてきた、加奈ちゃんの声が歌っているよ』って、僕

『アッ、聞こえる、歌っている』

 おしえて おかあさん

 おしえて おかあさん

 おしえて 今日の夕飯

 

 おしえて おかあさん

 おしえて おかあさん

 おしえて ひみつのおまじない

何回も繰り返している、加奈ちゃんのお母さんにも聞こえているはずだ。

アッ、おばさんの目が動いた、加奈ちゃんを捜しているように見える。

横になっていたおばさんが、体を起こしてベッドに腰掛け、おばさんの唇も動いている。

おばさんの目に、涙が浮かんでいる、その涙は頬を伝わって足の上に置かれた手のひらに小さな湖を作った。その湖に、加奈ちゃんが映っている。

おばさんが、そこに映っている加奈ちゃんに声を掛ける

『加奈、加奈、帰ってきて、お母さんのところへ帰ってきて』って

おばさんの目の前に、加奈ちゃんがすうっと現れた。ただ、おばさんが手をかけ手も、空を切るだけなんだけれど、それでもおばさんは何回も繰り返す、加奈ちゃんがおばさんに

『お母さん、ごめんね。加奈は、帰れないんだ。加奈の話を聞いてくれる。あの日のこと、事故のこと、そして加奈の蝋燭の炎のこと。お母さん、心の扉を閉じないで、お願い聞いて』って、加奈ちゃんが

『加奈、何故、死んでしまったの。せめて、お母さんの腕の中で、どうして可哀そうな、加奈』って言って、おばさんは大きな声を出して泣き始めた。力ちゃんの部屋にも聞こえているだろう。

『お母さん、加奈ね、あの日、事故に遭わなかったとしても、あの前後で亡くなる運命だったの。加奈の蝋燭は細くて短くて、炎も消えかかっていたの。加奈もずっと、お母さんのそばにいたかったけれど、無理だったの。加奈ね、事故で即死はそりゃ嫌だったけれど、お兄ちゃんが事故に遭ったとき、加奈を庇ってくれたの。加奈の蝋燭がもっと太くて長かったら、炎が元気に燃えていたらきっと加奈、助かったと思う。だって、お兄ちゃん、一生懸命に加奈を庇ってくれたの、だから、お兄ちゃん意識不明になんかなってしまったの。お兄ちゃんと加奈は、ちゃんと信号が青の時、手を繋いで横断歩道を渡ったのよ。本当なんだから、お母さん、加奈とお兄ちゃんのこと信じて、お兄ちゃんは何も言わずに、ずっと耐えているんだよ。お母さんは知っているでしょ、お兄ちゃんが空君を事故で亡くしてから、道路を歩く時、車にすごく慎重になっていたことを』って、加奈ちゃん

『加奈、そんな運命なんて』って、おばさん

『あるんだよ、誰にも変えることが出来ないの。悲しいんだけれど、受け入れなければいけないんだ。ごめんね、お母さん、加奈がもっと・・・でもね、加奈の分、空君の分をお兄ちゃんが生きてくれるの。お兄ちゃんの心の中には、加奈の思いと空君の思いも入っているの。お兄ちゃんが悲しむと、お兄ちゃんが傷つくと、加奈や空君も悲しくなって、傷つくの。加奈は、短い間だったけれど、お母さんの子供に生まれて幸せだったよ。加奈は、いつだってお母さんの心の中にいるよ、天界からお母さんの夢の中にくるまで、少し時間がかかるけれど加奈と時々、お母さんに会いに来るから、いつものお母さんに、明るいお母さんに、加奈が家を覗いた時に笑い声が聞こえる家にして、お願い。お母さん、泣いていても、笑っていても、明日は来るんだよ』って、加奈ちゃん

『加奈、加奈は、いつの間にか大人になったのね。そうね、どうしてお母さんは、お兄ちゃんに辛くあたったのかしら、お母さん、逃げたかったのね。夢で加奈が家に帰ってきたとき、明るい家にしておかなくてはね。そうね、加奈。お母さんも、加奈のお母さんで良かった。もう一度、抱きたかったの、温もりのある加奈をお母さん』って、おばさんは、そっと目の前の加奈ちゃんを抱いた。懐かしい加奈ちゃんの温もりが、おばさんの腕に胸に伝わってきた。二人とも、すてきな笑顔で泣きながらしばらく抱き合っていた。


                  続きはまた天使