空君が、僕らのほうを見て

『愛ちゃんのお母さん、かなり疲れているみたいだよ。休んだほが良いと思うんだけれど』って、愛ちゃんのお母さんには、僕らのことは見えていない。僕は愛ちゃんのほうを見て、空君に

『うん、そうだね、少し休んだほうがいいって言ってみて』って言う

空君が、愛ちゃんのお母さんにそう言ったのだけれど、愛ちゃんのお母さんは、大丈夫だから続けさせてと言って、続きを話し始めた。

『おばさんね、愛ちゃんの絵を描いたの。おばさんの中にいる愛ちゃんを描いたの。でも、ちょっとだけ、目だけ変えたの、悲しい目ではなく愛らしい目にしたの。おばさんがちゃんと育てていたら、きっとこんな目をしていたんだって思いながら描いたの。おばさんの記憶の中の愛ちゃんを、くだらない写真はいっぱい撮ってあるのに、愛ちゃんの写真は一枚も無いの。ねぇ、空君、向こうのお部屋に行かない?愛ちゃんが、ずっといたお部屋なの、おばさんの描いた絵を見てくれる。可愛いのよ、愛ちゃん』って言って、泣きながら重たそうに体を起こした。そして今にも倒れそうになりながら、愛ちゃんの祭壇のあるお部屋に空君を案内した。

『ねぇ、見て、可愛いでしょ、おばさんの愛ちゃん。今は、天国にいるの、おばさんは二度と会えないの』って

『どうして、いつかまた会えるときが来るよ』って空君が言うと

『それはね、おばさんが天国に行けたらのこと、おばさんは天国には行けない、おばさんは地獄に行くの。だから、おばさんは愛ちゃんに会うことは出来ないの』って、愛ちゃんのお母さんは、言った。

『愛ちゃんのことを思うようになってから、おばさんは、この祭壇を創り、いつもここで愛ちゃんに話しかけているの。愛ちゃんは、返事をしてはくれないけれど。それでも、おばさんはいいの』って

『きっといつか、おばさんの愛ちゃん、返事をしてくれるよ。可愛いね、愛ちゃん』って、空君が言った。

『ありがとう』って、愛ちゃんのお母さんは、力なく微笑んだ

『おばさん、病院に入院はしなくていいの』って、空君が聞くと

『そうね、もういいの。おばさんには、病院よりもここの方がいいみたい。この部屋の近くが、午後からおばさんのベッドをこの部屋に移すの、愛ちゃんは迷惑かもしれないけれど』って、おばさん

『おばさんの癌は、もう治らないの。どんなお薬を飲んでもどんな治療をしても』って

僕らは、勿論、愛ちゃんもこの様子は見ているんだけれど、なんだか愛ちゃんのお母さんは、病気のせいとは別に生きようという精気が見えない、蝋燭の炎はもう少し頑張れるように見えるんだけれど。それは、愛ちゃんにも見えている。こういうのって、気力が大事なんだ、僕やアッちゃんには、良く分かるんだ。生きるっていう強い意志は、どういうわけか分からないけれど、強ければなんだか分からないけれど、蝋燭の炎が少し頑張ってくれるみたいなんだ。けど、愛ちゃんのお母さんにはそれが感じられない。

『おばさん、おばさんが頑張らないとおばさんのお母さんが悲しむよ』って、空君が言うと

『そうかもしれない。でも、おばさん、疲れてしまったの。きっと、おばさんのお母さんは分かってくれる』って、

『おばさん、愛ちゃんの分を生きなくてはいけないんじゃないの。大切に一日一日を生きなくてはいけないんじゃないのかな』って、空君が言うと

『そんな風に思ったこともあったけれど、体がいうことを利いてくれないの』って、もしかすると僕らが思っている以上に、病気が悪いのかも、頑張れそうに見えている炎はぎりぎりなのかもしれない。

『おばさん自身、分からなくなってきているの、愛ちゃんがいた4年間どうしてあんな風に酷い人間になっていたのか、どのおばさんが本当なのか自分でも分からないの。ただ、愛ちゃんがもうこの世界にいないということは事実なの。言い訳よね、おばさんが、見殺しにしたことに間違いないから、これは、決して許されることではないの。世の中の人が知らなくても、おばさん自身が知っていることなの。絶対に許されない』って、おばさんは強く言い切った。そして、空君のことをじっと見つめて

『お願いがあるの、空君』って

『なあに、お願いって、僕に出来ること』って、空君が聞くと

『ええ、空君のこと抱きしめさせて欲しいの。駄目かな』って、

『そんなこと、いいよ』って、空君は言いながら、僕らのほうを見た。愛ちゃんはうつむいている。出来ることなら、自分が抱きしめられたいのかもしれない。すぐそこに、お母さんがいる。一度も抱かれたことの無い子供と、我が子を一度も抱きしめたことの無い母親が、お互いを求めているんだ。

『愛、お母さんに抱いてもらいなさい、しっかりと抱きしめてもらいなさい』って、僕らみんなに聞こえた、ママの声だ、間違いない。

『愛ちゃん、さぁ、早く、お母さんのところへ行って、しっかりと抱きしめてもらって』って、僕らはみんなで言った。

愛ちゃんは、この期に及んでもまだ意地を張っている。

『もう、時間が無い、早く、愛ちゃん』って、僕は怒鳴った。

愛ちゃんは、

『あっ』って言う感じで、お母さんの前に立つ。そこに立っている子が、今までの空君ではなく愛ちゃんであることに気がついた愛ちゃんのお母さんは、声も出ないくらいの驚きと、これ以上ない嬉しさとが入り混じり、泣き声とも笑い声ともつかない、それはそれは嬉しそうな声で

『愛ちゃん、愛ちゃん』と、何度も愛ちゃんの名前を呼んだ。

甘えることを知らない、愛ちゃんだけど、愛ちゃんなりに精一杯に甘える。あんな女って言って、強がっていたけれど、4歳の子供だもの、素直に甘えたいに決まっている。

『お母さん、お母さん』って言いながら、胸に飛び込んでいった。

愛ちゃんのお母さんは、愛ちゃんに

『ごめんね、こんなお母さんで、ごめんね』って何度も誤っていた

『うん、うん、分かったよ、愛ちゃんは分かったよ。お母さん』って、愛ちゃが言うと

『ありがとう』って言いながら、満足げに微笑みながら胸に愛ちゃんの写真を抱きながら、深い眠りについた。蝋燭の炎が、静かに消えた。本当にぎりぎりだったんだ。

多分、もう少しすると愛ちゃんのお母さんのお母さんが、来ることだろう。

愛ちゃんのお母さんの微笑んでいる顔を見たら、おばあさんはお母さんが、一人淋しく旅立ったのではなくて、愛ちゃんが許してくれたんだと思ってくれると思う。


                  続きはまた天使