振り返ってみると、早かった僕の
猫生でいいかなぁ?16年と7ヶ月に何日かは足りないけれど、もうそろそろ、蝋燭の炎が消える。5月に入ってしまったから、もうカウントダウンするしかない。何がどう変わろうと、僕の猫としての猫生は、この世界では終わりになる。僕は、しのこした事がないか色々と考えてみる。僕は、飼い猫で家猫だったから、これと言って外に出て冒険なんかをすることもなかった、外に出ることがなかったから、当然僕にはお別れを言わなければいけない、友達もいないんだ。ケンカだってしたことが無い、あー、恋っていうのもしたことがなかった。木登りも、広い公園なんかを走ってこともない。草の上でゴロゴロしたこともない。土の匂いっていうのも知らない。多分、僕は、とても狭い世界で生きてきたんだと思う。でも、だからと言って家猫として考えると、僕は決して不幸な猫ではなく、幸せな猫だったと思う。平々凡々とはしていたけど、毎日満ち足りていた。だって、僕は、僕と関わりのあった人たちみんなに、いっぱい可愛がってもらったから。人数としては少ないかもしれないけれど、密度が濃く愛されたと思っている。目を閉じると、その人たち一人、一人が浮かんでくるんだ。そして、その人たちとの思い出も。そしていつも、最後にお母さんの顔が浮かん来るんだ、僕はどうやってお母さんに「さよなら」を言うといいのか、分からなくなってしまう。僕も、お母さんもどんなかたちで「さよなら」をしても、辛いんだと思う。僕の勝手を言うと、笑って僕のことを送って欲しいんだけど、そうしたら僕は安心なんだけど、お母さんは無理だなぁ。お母さんは、一年前の覚悟を完璧に忘れているし、もっと言えば、僕の蝋燭は消えないと思っているかもしれない。お母さんの中では、僕は「めちゃめちゃ、元気になった」って思っていそうだ。あと残りが何日もないんだ、どうするといいんだ。5月に入ってから、リッちゃんは出来るだけ僕のそばに居て、「元ちゃん、苦しくない、大丈夫」、「陽のあたるところで、休んでいた方がいいよ」って、今まで以上に気を遣ってくれる。お母さんたちは、そんな僕とリッちゃんを見て、「この子たちは、仲がいいよね」ってよく言ってはニコニコしていた。うん、確かに僕とリッちゃんは、仲がいい
ネコと
イヌだ、何でも話し合える兄弟であり、親友だ。僕が居なくなったら、リッちゃんも悲しむんだろうなぁ。今は、しっかり僕のことサポートしてくれているけど、一人になっちゃうとリッちゃん大丈夫かな。淋しがりやで臆病だから、一人でお留守番出来るかなぁ、心配だ。そうだ、僕、忘れていた、リッちゃんとちゃんとお別れをしなければいけないんだ。どんな、言葉でこれまでの感謝の気持ちを伝えればいいんだろう。リッちゃんには、ただただ「ありがとう」しか浮かばない。それを、いつ言おうかと思っていたら、もう5月4日になってしまった。お母さんのところに、れいちゃんから電話が入った。アッちゃんの具合がかなり悪いらしい、入院させようかどうしようか、悩んでいるみたいだ。僕の場合は、一年掛けて大きい波小さい波はあったけれど、じわじわと蝋燭が消えかかっているんだけど、アッちゃんはガアーって急激に蝋燭が消え始めているから、アッちゃん自身もれいちゃんもお互いに、覚悟が出来ていないから、余計に辛いと思う。あー、辛いのは同じかな、何年掛かって覚悟していても。生まれてきたら、絶対に死んじゃうんだよね。でも、生まれてきちゃうと、何か死んじゃうこと忘れているんだ。ふと、気が付いて振り返ると、目の前には今の世界の続きではなく、新しい世界へのドアしかないんだ。よく、棺桶に片足を入れているって言うでしょ。僕とアッちゃんの場合は、両手両足が入っていて、あとは蓋がされるのを待っている感じなんだ。前にも言ったけど、どんなところへ行くのかが分からないから、不安で怖い、僕一人っきりだから、僕ら猫や犬は、兄妹いっぱいで、心強く生まれてくるから、最後に一人で旅立つのは勇気がいる。5月4日は、僕の体にも少し変化が出始めてきている。でも、お母さんが気が付くような変化ではない、僕にしかまだ分からないんだ。あとでお母さんが、よーく考えて、うーんそうかなぁって言うような、変化って言えば変化なんだ。
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