僕とリッちゃんは、お母さんがお父さんに電話の内容を話しているのを聞きながら、心配そうな顔をしているとお母さんは、「大丈夫、心配しなくて、アッちゃん元気になるから。元ちゃん、あさって検査に行くから、お見舞いしてこよう。リッちゃんは、お留守番。アッちゃんが、リッちゃんの顔を見て、興奮するとまずいから。分かった、帰ってきたら、ちゃんと話してあげるから」って。それはあくまでも、僕とリッちゃんにで、お父さんとは、もって深刻に「本当に大丈夫なのかな?痙攣もかなり酷かったみたい。焦ったって言っていたから」、「今は、どうにか病院で落ち着いているみたいだから」ってお母さんが言うと、お父さんは「そうか
」って言って、僕とリッちゃんの頭を撫でた。その日は、アッちゃんの話はそれくらいで終ったような気がする。17日の夜、れいちゃんが来た。病院の帰りと言っていた。そう、お母さんが16日に電話をもらったときに、「明日でも、来れば、一人で家に居るのつらいでしょ、病院の帰りにでも来れば」と言っていたから。お母さんたちも、詳しくアッちゃんのことが聞きたかったんだと思う。お父さんとお母さんの第一声は、「どうだった」、れいちゃんは「薬がよく効いていて、寝ていていた」って、今にも泣き出しそうに言った。多分、病院から僕んちに来る
車の中で、お母さんと同じように泣いていたんだと思う。なんでの、発作は本当に凄かったんだて。最初は10回発作が続いたんだって、発作って痙攣があって、硬直してまた痙攣って言う感じらしい。当然、そういう時って、呼吸が止まっているんだよね。それって、脳に酸素とか血液なんかが周っていないって言うことなんだよね。で、この10回の発作が終わった後、アッちゃんは朦朧とした中で徘徊を始めたんだって。そして、冷ちゃんが病院に連れて行こうと思ったら、また発作は始まったんだ。今度は、14回も。れいちゃんは、発作の回数を数えながら、「初めは頑張ってって思っていたけど、段々、もう頑張らなくてもいいよって言いたくなったって」、「だって、もう見ていられなくなって来るんだ、見ていて苦しいのは、はっきり分るんだ。痙攣が少し止まると、ハァ、ハァ肩で息をするのが分るんだって。たまらないよ。痙攣している時は、手、足がぴーんと伸びてつぱって」って言いながら、我慢でき泣くなって、れいちゃんは泣きはじまた。お母さんも話を聞きながら、泣いていた。お父さんは、黙って聞いていた。僕もリッちゃんも、どんな感じかは想像が出来た。れいちゃんの「頑張らなくて良い」って言うのが分る。でも、アッちゃんは頑張ったんだ、そして今、病院にいるんだ。いろんな検査をしているみたいだ。レントゲンも何枚も撮ったらしい、その中には腰の部位もあって、アッちゃんの腰は随分変形しているらしい。要するに、人間と同じで軟骨が磨り減っているんだ。お母さんと同じで椎間板ヘルニアみたいだ。それって、退院してから以前のように散歩が出来るかというのは、疑問なんだって。そうだよなぁ、人間だって、入院していると、筋肉が落ちて運動機能が低下して、少し歩行困難になったりしてリハビリなんかするもの。れいちゃんは、散歩については、今は色々なリードが売っているからなんとかなると思うって。最悪、引っ越せば良いしって。「あんな酷い発作にも耐えたんだか、まだ頑張れるのかな」って、れいちゃんがぽつりと言った。お母さんたちの心配はもう次に変わっていた。それは、「退院してから、れいちゃんが仕事に行っている間、大丈夫なのか、一人で居ても」ってことだ。「それは、なんとかなると思う」ってれいちゃんが、時々見に来てくれる人を頼めるて。れいちゃんは、僕んちに来てお母さんたちと、話しをしてかなり落ち着いたみたいだ。お母さんも、僕が倒れた時そうだった、自分の気持ちとか感じたことなんかを誰かに聞いてもらうと、落ち着くのと、冷静に考えることが出来るらしい。そうだよ、一人で泣いているだけではいけないんだ。れいちゃんは、少し元気になって、僕とリッちゃんを撫でて、「じゃ、帰る」と言って帰った。
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