3月の、僕の血液検査表をお母さん無くしちゃったんだって、けど2月と大差なかったんだって。僕は、もう病院は行きたくなかった。薬はしょうがないとは思っていたけど。お母さんのことを思うと、そう我が儘も言えない、だってお母さんは、最近僕を病院に連れて行く
車の中で泣くことが少なくなったんだもの。泣いても、それは僕がよく頑張ったと言うことで、前のようにまた具合が悪くなってとは、違っていたから。けど、僕は、つらかった、そんなお母さんを見ているのが、大きい声で言いたかった。「違うんだ」って。その反面僕は、お母さんが僕を見て、元気になったって喜んでくれるのが嬉しかった。僕は自分でも、この矛盾していることが、いいのか、悪いのか、解らなくなっていた。リッちゃんは僕に、「元ちゃん、自然が一番」って。僕は以前のように、脳天気で、お気楽な元ちゃんで最後までいるように努力をしようと思った。とは言え、僕の小さな頭と小さな胸は、あっちへフラ、こっちへフラって揺れるんだ。時々、アッちゃんのことも考える、ここ何年も会っていないから、どんな顔だったか思い出すのに時間が掛かった。リッちゃんに、「アッちゃんって、どんな顔をしていた」って聞いたら、「えーと、僕の鼻を少し高くして、少し体が大きくて、毛が長いんだよ」ってリッちゃんが、アッちゃんを思い浮かべながら教えてくれた。なんだかそう云われると、アッちゃんの顔が浮かんできた。それ以外は、余計なことは考えないように、毎日リッちゃんとまったりと過ごしていた。「3月に入ると外は、随分と春らしくなってきたよ」って、リッちゃが教えてくれた。そして「ちょっと気が早いけど、元ちゃんの大好きな
桜の季節になるよ。」って、僕はリッちゃんに桜の事を言われて、「あー、そうか、もう桜の季節になるんだ。もうそろそろ一年になるんだ。僕が倒れてから、早いなぁ。」、「苦しくて苦しくて、もういろんな検査も、いろんな治療も薬も嫌だよ」って何回も思った。でも、その都度お母さんの、「お願いだから、元ちゃん頑張って」って言うお母さんに、なんとか答えようと頑張って来た、後もう少し頑張らなくては。僕は、お母さんやお父さんにも、いっぱい甘えていた。お父さんが、重いよって言っても、
へ、へって笑って膝。上にいた。お母さんが、お座りすると、場所がえをしてお母さんの膝にって。そうして、表面的にはのんびりしているのだけど、現実的には僕の蝋燭は、すごい勢いで燃えていて、勢いを抑えることができなくなっていた。多分、どんな治療をしても、どんな薬を飲んでも、勢いは抑えられないと思う。諦めたくはないけれど、僕にはもう少しなんだと言うことが解る。「一日一日を大事に生きる」って、なんか
テレビで聞いたことがあるけれど、僕には難しくて解らない。僕にとっては、少しでも長くお母さんやお父さんに僕のことを、忘れずにいてもらえたらって思う。でも、これも矛盾しているんだけれど、忘れられちゃうのは嫌だし、悲しいけれど、ずーっとお母さんが悲しんでいたら、僕どうしよう。アッ、いけない、こんなことを考えていると、またリッちゃんに叱られる。リッちゃんって言えば、ここのところ股関節の調子があまり良くないんだって、僕んちは階段で4階なんだ。リッちゃん、階段の上り下りがきついんだって、散歩の時お父さんが、抱っこして上り下りをしているんだって。階段以外は、なんとか自力で歩くけどって、リッちゃんが言うから僕がリッちゃん楽だねって言ったら、抱っこしてもらうのも、結構大変なんだって言っていた。何でも、リッちゃんの場合体デカイし、重たいし、体硬いし、抱きづらいし、抱かれづらいらしい。なんだか、すごい、リッちゃんもお父さんも、要するに大変だということらしい。お父さんが、出かけている時、リッちゃんはお母さんにも抱っこされるんだって、お母さんは僕の記憶に間違いはないから、腰の手術をしている。無理しないで欲しい、でもリッちゃんの股関節も。お母さんは時々、我が家は老老介護だから、人間も
犬も
猫もって言っていたけど、それって大変なことなんだ。それから、思い出したんだけど僕んちの
車は、車高が高いからリッちゃん、車の乗り降りも最近大変なんだ。これは、病院に行く時、僕も一緒だったりするから、見ているんだけれど、お母さんがよいしょって、リッちゃんを抱っこして車に乗せるんだ。本当に、お母さんもリッちゃんも大変なんだ。車の中でも、リッちゃん変わった、前はよくお母さんに危ないから、伏せしていてって言われていたのに、最近は進んで伏せしている。後で聞いたら、踏ん張っているのが、きついんだって、伏せしているほうが楽なんだって言っていた。
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