僕の寿命が、蝋燭の炎のように、いつか燃え尽きるのもではなく、砂時計みたいにひっくり返すと、また始まりって言うのだったら、どんなに良いだろう。僕は、体の調子が良くなった分、少し情緒不安定になっていた。リッちゃんは、僕のことを理解してくれていたけど、お父さんやお母さんは、時々「元ちゃん、どうしたの」って、首をかしげることがあった。うーん、どんなことしていたかなぁ?えーと、そうだ。なんか解んないけれど、どか食いと言うか、いっき食いの方が当てはまるか、とにかく食べたし、ご飯はまだって催促もした。この前も言ったけど、お母さんたちのトイレのマットの上なんかに、
ウンチをした。ちょっとではなく、しっかり1回分を、お母さんはそれが何度かあったので、「元ちゃん、、ぼけた?」って、僕に聞いてきた。僕は、「何のこと
」って、答えた。それとか、お母さんたちが夕飯が終って、コーヒーに甘いものを食べ始めると、必ずお父さんかお母さんの、どちらかの膝の上に陣取って、「僕はそれ食べれる
ねぇ、匂いかがせて」って頑張るのが、一人でぽつんってしていたり、お母さんもお父さんも「リッちゃんにみんな食べられちゃうよ。早く、おいで」って言うのにも、反応しなかったりした。お母さんのベッドにもぐり込んで、胸の上でちょっとつめ立てたり、パジャマの上からでも爪の痕がつくくらいに。お父さんのベッドでは、枕の上で寝ちゃって、動かなかったこともあった。この頃、僕の毛は可なり伸びていたので、どうしてもブラッシングをしなければ、毛玉になってしまうのに、ブラッシングはいやだって駄々をこねて、お母さんを困らせた。抱っこされるのが好きなんだけれど、嫌がったりもした。そんな僕を、リッちゃんはどうしたものかって思っていたみたいだ。これは、1月から2月に掛けての僕。2月の血液検査も、これといって変わりなく、多少の上下はあってもまずまずって感じだった。2月の検査は26日だったので、この頃には僕も、精神的に落ち着きを取り戻していた。ただ、蝋燭の炎と
砂時計が入れ替わると良いのにというのは、頭から離れなかった。確かこの頃かな、お母さんのところに久美ちゃんって言うお友達から電話があったのは。僕も何度かあったことがあるんだけど、その久美ちゃんのお家にもネコさんが居るんだ。信長と小町って言う兄妹なんだ。僕は猫さんたちには、会った事はないんだけれど、歳が僕と同じなんだっていうのは聞いた頃がある。何気なく、
電話の話が聞こえてくる。僕と同じ歳なのに、二人とも病気もせずに元気なんだって
僕、思い出したんだけど、信長と小町って二人でタンスの引き出しを開けたり、ゴミ箱をひっくり返したりと、結構暴れん坊だったていうのを、随分前に聞いたことがある。僕とリッちゃんの二人では、絶対に無理。僕とリッちゃんは、根気がないのかな、どうもそういう事が苦手だ。僕らは、ぼーっとしているのは得意なんだけど。まぁ、これは悪戯だから、出来ない方がいいんだ。お母さんは、久美ちゃんもネコさんたちも元気と聞いて、良し良し
って。あっ
2月も美味しい
チョコレート食べたよ。バレンタインディーに。もう、そろそろ3月に入るんだよね。3月も、僕には何も起きなかった。ただ、アッちゃんの病気の芽が姿を現した。お母さんとれいちゃんは、この時まで僕らを同じ病院に、連れて行ってることを知らなかったんだ。何故かって言うと、動物病院ってお母さんとれいちゃんの考え方では、自分が良いと思っても、人に勧めるものではないと思っているんだって。動物病院の場合、先生と飼い主の相性、先生と患者これは僕らの相性、特に僕らに関しては口が聞けないから、簡単に人には勧めたり出来ないんだって。言えている、僕駄目だった先生いるのも、けど、僕がその先生が駄目でもその先生じゃないとって子もいるんだよね。だから、お母さんたちがどんなに仲良しでもお互いに、勧め合ったりはしなかったんだ。だから、れいちゃんが遊びに来て、「アッちゃんがこの前、発作を起こして」って言う話になって、初めて知ったんだ。僕もリッちゃんも、「えっ、アッちゃんが発作
」、「どこが、悪いんだ」、「ねぇ、お母さん、アッちゃんどうしたの」って首を出した。僕たちは、アッちゃんとは仲良しではないけれど、やっぱり気になる。リッちゃんは、アッちゃんにはいつもやり込められていたけど、病気となると話は別だ。僕らは、「動物病院が一緒なんだ」って、ハモってしまった。
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