こうして、1990年10月14日に生まれてからのこと、色々と振り返ってみると僕の人生?猫生もまんざらでもないような気がしてきた。だって、お母さんはとにかく僕のことを、舐めるようにそうっとそうっと大事に育ててくれた。めちゃくちゃ親ばかで、正真正銘の猫可愛がりで、僕に、こんなことも言っていた「元ちゃんは、我が家の箱入りネコさんだから
本当は床の間があったら、飾って置かなきゃいけないの」とか、よく分からないのが「お母さんは、元ちゃんのこと産んだんだよ」って、お母さんはお酒が飲めないから、酔っ払ってとかじゃなくて、真面目な顔で言っていた。お父さんは「俺は知らない」と言っていた。それは正解だと思う。こういう中で、僕は育ったんだ、本当のお父さん、お母さん、兄弟とは離れ離れにはなったけど、人間のお父さん、お母さん、何で犬なんだとは思うけど兄弟も出来た。リッちゃんのおかげで一人だけだったら、知らずにいた世界を知ることが出来たと思う。一度、海って
見たかった。あっ、山って
言うのも。リッちゃんがしていた、散歩って言うのもしてみるべきだったかな。でも、抱っこされて少しお外に出ると、怖くてたまらなくなって、お母さんにしがみ付いていたから、やっぱり無理だ。もっともっと、僕にはいろんな事があったと思うけど、なかなか思い出せない。うーんと、嫌みなウンチ
で言えば、僕、理由は忘れたけど、お母さんの靴にもしたことがあった。これは、さすがに叱られた「どうして、お母さんの靴なの」って、きっとお母さんは気が付かなくても、僕には凄く耐えられないことがあったんだと思う。「僕らのする事だって、むやみに悪戯とはかぎらないんだ」ってこと、皆にも分って欲しいんだ。そうそう、一つ思う出した、爪とぎのお話があるんだ。僕ら猫って、爪をとぐんだ。僕の場合は、月に一度は爪をカットしてもらっていたんだけど、それでもやっぱり爪とぎはするんだ。でも、僕は普通のネコさんように売っているのはどうも気に入らず、子供の頃はお母さんがトレーナーを着るトレーナーで爪をといでいた。お母さんは、「トレーナーで、爪をといで穴を開けるのは良いけど、お母さんの背中とか胸に元ちゃんの爪の痕はつけないで
」トレーナーは、なんとなく素材として爪がとぎやすかったと思う。絶対むいていないのが、セーターこれは、そんな気がなくても、爪が引っかかる。爪をとぐどころの話じゃない、自分じゃ爪を外せなくなる事もある。そうなると、焦らなくてもいいのに妙に焦って、どつぼにはまり、お母さんに「あーあ、元ちゃん、フ、フ、フ
」って、かっこ悪い
大人になるにしたがって、カーペットで爪をとぐことが多くなった。でも、どこでも良いというのではなく、一定の場所でなんだ。そこのカーペットだけ、僕気に入っちゃって、それに爪をそこでといでも叱られないんだ。どうも、目立たないらしい。お母さんなんて「元ちゃん、いい所見つけたね」って誉めてくれたりして。そうそう、爪とぎしていたトレーナー、お母さん捨てちゃったのかな?そう言えば、僕ここ4、5年はリッちゃんが僕の残して置いた、ドライフードを食べても怒らなくなっていた。少し離れたところで、斜に構えて横たわり、リッちゃんの食べる姿を見ながら「また、食べてる、まぁ、いっか」って。リッちゃんが横にべったりくっ付いて、寝るのも「まぁ、しょうがない。可愛いところもあるし、これで僕のこと守っているつもりだし」って。いつの間にか、僕とリッちゃんはお互いに空気みたいになっていたのかもしれない。僕とリッちゃんだけの説明の出来ないルールも、僕らはお互いを尊重しあっていたと思う。きっと、犬
と猫
って、人間が思っているほど、仲が悪くないと思うよ![]()
続きはまた
風邪が治らない