土曜日は出勤日でした。
土曜日出勤は3時で終了なので、速攻かえってガソリンスタンドに。
並ぶ事を覚悟して行ってみたんだけど、スタンドは全然並ぶ事もなく、むしろ10台位の給油機に2台程度しか車のいない状態。
先週のパニックは一体なんだったんだろう・・・・・
ガソリンを入れる事に必死だったのにはわけがある。
もしガソリンを入れることができたら、奥様の実家に行こうときめていたのです。
奥様の実家は茨城県。
鹿嶋スタジアムに程近い、町なのです。
今回の震災、鹿嶋・神栖方面はほとんどニュースにならない。
鹿嶋には工業地帯があるけど、それについても若干のニュースでしかない。
しかし、義父がその工業地帯で働いていて、当日には車が津波で水没し、使用不能になったとのこと。
ほとんどの地区で断水をしていて、義弟家族とかも難儀しているとのこと。
などを聞いていて、ウチラも何もできないけど、会って話をするだけでもと思い行ってきました。
途中、パンなどのささやかな支援物資を買い、東関東自動車道を終点までひた走る。
終点の潮来までは特に何の問題もなかったけど、いざ潮来を降りて、鹿嶋の町に入ったとき、びっくりした。
今まで散々走りなれた幹線道路。
ところどころにヒビが入り、今までなかった登坂、下り坂がいたるところに。
そして、道路沿いの電信柱は何本も曲がっていたり、倒れたのか不自然に電線が終わっているところもある。
店舗の看板なんかも不自然に曲がってたり、バイク屋さんは店舗の壁が崩壊して鉄骨むき出しになってるのも目撃した。
奥様の実家は銚子の手前、そこまでの道中いたるところでこのような光景を目撃。
想像以上のダメージに、茨城のこのあたりも間違いなく被災してるんだと感じた。
だけど、全然情報が入らない。
死者がいなかったってのもあるけど、被害は結構甚大です。
実家につくとみんな元気でした。
義父に話を聞いたら、津波も、一波目よりも二波目の方がひどかったらしい。
地震が来て、津波の一波目の後、避難をしようとしたけど、津波で水をかぶって車が動かなかったらしい。
結局他の人の車で避難したらしく、その後車を確認したら、自分の車の上に違う車が乗っかっていたらしい。
義弟は鹿嶋港を見回っていたら、港の水が一気に引いて、海底がみえたらしい。
自分の家族も一歩間違えたら大変な事になっていたんだ、と話を聞いて改めて思いました。
自分達が出来ることは少ないけど、会って少しは元気を分けれたような気がします。
葵ちゃんもじいじとばあばに遊んでもらって、とても楽しそうでした。
これからもちょくちょく顔を出して、一緒に頑張っていけたらと思う。
鹿嶋・神栖に住んんでる人たちも頑張って下さい!