今日 (8月19日) は、作曲家・早坂文雄 (1914-1955) の100年目の誕生日。

同じく今年が生誕100年となる同郷の作曲家・伊福部昭と同じく、早坂文雄も、純音楽の傍ら、数多くの映画音楽も作曲していた。

早坂の名前を知らなくても、溝口健二の『雨月物語』(1953) や『近松物語』(1954)、黒澤明の『羅生門』(1950) や『七人の侍』(1954) で彼の音楽を耳にした人は世界中に多い筈だ。

特に、伊福部昭の最も有名な映画音楽となった『ゴジラ』(1954)と同じく、早坂文雄の最も有名な映画音楽であろう『七人の侍』も今年で公開60周年を迎えた。

律動のみの不気味な「野武士のテーマ」から始まり、虐げられた者達が呻くかのような「農民のテーマ」、勇壮かつ哀愁溢れる「侍のテーマ」、情緒豊かな「志乃のテーマ」と、印象的な主題を効果的に配したライトモチーフが、物語を盛り上げていた。


映画音楽が有名とは言え、早坂の本領は、やはり純音楽の世界だ。

1937年、『古代の舞曲』でワインガルトナー賞を受賞した後、『左方の舞と右方の舞』(1941)や『管弦楽のための変容』(1953)等、多数の名曲を作曲した。

東洋的な美を追求した早坂の作風は、武満徹や芥川也寸志、黛敏郎、佐藤勝たち後進の作曲家にも大きな影響を与えた。

これほどまでに才能豊かな早坂であったのだが、長年結核を患っていたため、親友でもあった黒澤明の映画『生きものの記録』(1955)の音楽を作曲中に41歳で急逝した。

この映画は、当時の水爆実験に脅威を 覚えた早坂の言葉に触発された黒澤が核兵器への怒りを込めて撮った渾身の一作だ。

因みに、早坂は、宮城県仙台市の出身だ。

その宮城県は、東日本大震災と東電の原発事故で大きな被害を受けた。

核の問題を描いた映画の制作途中で他界した作曲家の生まれ故郷は、今、原発事故の脅威に曝されている。

核の脅威に無関心な日本人を描いた『生きものの記録』は、現代の日本の姿そのものだ。

閑話休題。

早坂のCDの中で、個人的によく聴くのは、『室内のためのピアノ小品集』(ピアノ:高橋アキ)だ。

これは、名曲揃いで、私の個展(2008年)でも、ギャラリー内のBGMとして流したことがある。

中でも、『戀歌No.4』が一番好きな曲だ。


早坂は、『七人の侍』など黒澤明の映画音楽で語られることが多いが、こうした心安らぐ優しさに満ちた純音楽も注目されるべきだと思う。

伊福部昭が生誕100年記念で演奏会やCD化など多数の企画に恵まれている反面、伊福部と切磋琢磨してきた早坂が同じ生誕100年を迎えても期待していたほどの演奏会に恵まれないのは、やはり彼が早世したからだろうか。

ともあれ、8月29日と、8月30日に、札幌交響楽団 (指揮:下野竜也) が、交響的組曲「ユーカラ」を、9月21日には、東京交響楽団 (指揮:準・メルクル) が『左方の舞と右方の舞』を演奏するという予定が控えているし、あの不気味社も『七人の侍』の男声合唱版カバーを出してきた。

本格的な早坂文雄の再評価は、これからかもしれない。