気がついたらここにいたんだけど、人間なんてみんなそんなじゃないだろうか。

今朝だっていつの間にか通勤特快に乗っていて、いつの間にか乗換駅を通り越して新宿にいたんだし。その後はいつの間にか課長のデスクの前に立たされていて、いつの間にか定例の営業会議でプレゼンをしていて、そしていつの間にかここにいるんだから、ほら、なにも不思議なことはないじゃん。きっとまたいつの間にか別なところにいることになる。だから、ここがどこかわからなくても、それはそんなに心配してないんだよね。

問題はこいつ。そう、白線。

まっすぐ延びてるんだ。前にも、後ろにも。なにが楽しいのかわからない。たぶん道路標識のあれと同じ。道路表示だっけ? 忘れた。いつの間にか通ってた教習所でいつの間にか習ってたことなんて、そりゃあ、いつの間にか忘れても不思議はない。けど、この白線は忘れられない。だっていまここにあるんだ。

白線はずっとむこうまで続いている。そのうえの一点に突っ立っているんだけど、なぜか線上から外れてみようとは思えない。左右という気持ちがよくわからなくなっている。前後しかないんだ。
 
で、困ったのはこの白線、ずっと向こうの方でどうやら燃え上がっているらしいってこと。前も、後ろも燃えている。そしてその炎が、少しづつ白線のうえを燃え広がっている。参ったな、このままじゃ挟み撃ちにあってしまう。炎は白線を舐めるようにして湯煙よろしく立ち昇っているから、ここから見るとまるで地面から逆立ちに生えた真っ赤なオーロラのようで壮観なんだけど、このまま見惚れてるわけにはいかない。いまだって参加者不在のBBQパーティーの開始時刻は刻一刻と迫ってきているのだから。

とはいえ、進退窮まるとはまさにこのことで、前進しても後ずさっても、なんの解決にもなりはしない。見たところどっちの炎も、ここからちょうど同じくらいの距離を同じくらいの速さで延焼しているようだから、動くとかえってとろ火(傍点)で炙られる時間が長くなってしまいかねない。最善の策はちょうど真ん中のこの地点で大人しくしていることなんだけど、それもねえ。最悪から一番遠いという意味でしかなくて、結局どこも善くはない。つまるところぼくは、来たときと同じように、いつの間にかどこかにいることを、その「いつの間にか」がやってくるまで待っていることしかできないのかもしれない。

とかなんとか言ってたらご覧のとおりこのザマだ。サハラ砂漠かよっていうくらいに暑くて、というか熱くて、投げ捨てた上っ張りはみごとに消し炭だし、もうスーツなんか着てらんないってんで脱ぎ出したら止まらなくてさ。腰巻一丁で我慢大会。パンツはほら、人間の尊厳ってやつ? ゴムの伸びきったUNIQLOパンツが人間性の最後の砦だってのも泣けない話だけど。

炎はすぐそこまで迫って来ている。ぼくも、冗談じゃなくいい感じに炙れてきてる。頬を伝うのは涙なのか汗なのか、それとも肉汁なのか。とって喰おうと考えているなにかがいるなら、そろそろ火を弱めたほうがいいですよと助言してやるところだ。

最後になっても、「いつの間にか」はやってこなかった。そりゃそうだ。だって、「いつの間にか」なんて本当はなかったんだもの。あったのはただ、いつといつを結ぶ線。燃えるものが燃え尽きて最後に残るのはきっと、いつからいつの間隙をのっぺり塗りつぶしながら進んでいく、無限延の――白線。
きのうは世界同時席替えの日でした。

世界同時席替えの日は、世界同時革命を記念して、世界同時政府が革命の一年後にはじめたものです。

世界同時席替えの日には、世界中のひとびとに世界同時政府から手紙が届きます。内容は、受取人の話すことばで書かれたかんたんな挨拶文と、新しい住所と、お引越しをするのに十分なお金です。

世界同時席替えの日、ひとびとはお引越しします。一五歳までの子どもはどちらかの親に同行することができますが、それより年が上の子は、だめです。みんなばらばらで、新しいところに向かいます。だから、じじつ上、一五歳の世界同時席替えの日が、世界同時成人式です。

世界同時成人式でわたしは成人として認められました。昨日のことです。今年の二月で一五歳になっていたからです。わたしは一五年間おかあさんについてきましたので、一二人のおとうさんとひとりのおかあさんを知っています。三人おとうさんが足りないのは、引越し先におとうさんが割りあてられていなかったのが二回と、割りあてられてはいたけれどなぜか現れなかったのが一回あるからです。一二人のおとうさんのうち八人とはまだ連絡を取りあっています。あとの四人はあんまり好きじゃないのと、影が薄くて忘れてしまったので、どうしているかは知りません。でも、おかあさんとわかれるのは今年が初めてです。いまは三回目の日本地区で、関東区の武蔵野市にポルトガル地区生まれのおとうさんといっしょに住んでいますが、今年の世界同時席替えで、おとうさんはグリーンランド地区へ、そしておかあさんはカザフスタン地区へお引越しすることになったそうです。かなしいけれど、お別れです。おかあさんとはずっと連絡はとりつづけるでしょう。ポルトガル地区生まれのおとうさんも、義理クリスマスカードぐらいは送ってあげてもいいと思っています。

世界的にみて珍しいことに、わたしはおんなじ地区のおんなじ市にとどまることになりました。くわえて、引越し先の住所はいまの家から筋一つ越えたところという、世界稀にみる短距離引越しです。封筒に入った引越し資金は、だから、スズメの涙もいいところで、すこし残念な気がしました。家財道具(といってもわたし個人のものといえば、洋服にCDに漫画に教科書に……ぐらいですが)をかついで引越し先にまで歩いてゆくと、まだ前の住人の方が出ていく準備をしているところでした。前の住人の方も、どうしてこんなにはやく次の入居者が着いたのかと、目をまんまるくして驚いていました。ともあれ、最終的にはぶじ、あたらしいおうちに入り、荷解きも済んで、何日か経つとあたらしいおとうさんとおかあさんにも会えて、今年一年の生活が始まりました。あたらしいおとうさんとおかあさんは、それぞれジンバブウェ地区生まれのスポーツマンと、ミャンマー地区生まれの裁縫上手なひとでした。

世界同時席替えは世界同時には終わりませんが、とりあえずということで、学校は席替えからちょうど一週間後、世界同時始業式を執り行います。はじめて二年間通うことになった学校で見覚えのある横顔をみつけたときは、だから、それはそれはびっくりしてしまい自分の目を疑ったものです。席替えの前となりの席に座っていた男の子は、席替えの後もわたしのとなりに座ることになっていました。べつにそんな興味はないけれど、せっかくだし話しかけてみようと思います。

世界同時に恋の季節は来たりしないものですから。
鹿を飼っている。

ずいぶんと前にカナダのノヴァ・スコシアで拾った。友人の動物学者に見せたところ、こんなおかしな生き物は見たことがないと言われたきりついぞ品種がわからずじまいだったので、別の友人の未来学者に見せてPretendeerだと判じてもらった。

そもそもほんとうに鹿なのかどうかもわからないこの動物の魅力の源泉は、まずサイズにある。なにしろ立ち姿が両手にすっぽり収まってしまうほどのちび助なのだ。仔鹿のときに拾って以来、鹿の子模様が取れ角の生え揃ったいまとなってもその体躯は変わらない。外套のポケットに忍ばせて税関を抜けられたと言えば、だいたいの感触はわかっていただけるだろうか。

書斎の卓上で放し飼いにしているが、書類を食い荒らすというようなこともなく、いたって穏やかな生き物である。というより、ふだんはほとんど動かないので、生きているのか死んでいるのか、見ているこちらが心配になってくるほどだ。撫でてやってもチラリと視線を返すだけで、Pretendeerが体を動かす契機と言えば、日に二回のご飯時と食後の運動、排泄時、そしてその名の由来となったある不思議な習性を現すときぐらいである。

仕事中、視界の端でもそもそと動くものがあって目を向けると、大真面目に鹿にあらざる動きをしていることがある。はじめに気がついたのは未来学者に見せに行く前だから、まだ名前がなかったころだが、そのときは、ちびた赤青鉛筆を前肢で器用に掴んで野球のすぶり(傍点)に勤しんでいた。もちろん鹿の身体にできる動きには限界があるわけで、重たい尻を二本足でやっとこ支え、そのうえで上体を振り回すものだから、バランスは取れず、トンボ製のバットを一振りするたびに足下はぐらぐら、振り切ったバットは遠心力に引きずられ、蹄の間をすり抜けていきからんころん、一度振り抜ける度に苦労して色鉛筆を拾いバッターボックスに立ち直す姿は、愛らしくも滑稽ですらあり、目が合うと鉛筆を放ってなにごともなかったかのように定位置であるボックスティッシュの陰に帰って行った。こういうことが、手を替え品を替え、ひと月に一度くらいの割合で続くのである。サッカーをするふりのこともあれば、消しゴムを座席に見たててのドライブのふりのこともあった。バリエーションはともかくさまざまで、次になにがくるかは予想がつかない。ここまで説明したところで、友人の動物学者は匙を投げた。体が小さいだけならまだしも、きまぐれに人間のふりをする鹿なぞというあまりの荒唐無稽さに、手の込んだいたずらかなにかだと思ったらしい。

動物学者と違って未来学者が偉かったのは、この「ふり」の意味を発見したことである。まだPretendeerではないPretendeerをダッシュボードに載せて某大学まで車を走らせた雪の日、暖房の効かない貧乏研究室でこの小動物を前に一通りの説明を聞いた未来学者は、少々動転しつつも、鹿の奇行はなにかわたしの行動にかかわりがあるのではないかと指摘した。つまり、飼い主であるわたしの真似をしているのではないか、というのである。とはいえ、わたしは運転はできてもふだん野球もサッカーもプレーしないし、テレビも見ない。よしんば誰かにゲームに誘われたとしても、そこにPretendeerを連れていくことはない。だから、九官鳥のようにわたしの真似をしているという線は薄いだろうと答えると――ここが未来学者は鋭かった――ではその逆はどうなのだ、と問いかえしてきた。むろん、未来学者も非常識な獣を前にして、半ばならずやけのやんぱちである。とりあえず思いついたことを、おそらくは考えもせずに言葉の並びをかえて投げ返してみただけなのかもしれない。しかし、ここでわたしの脳裏にふと、あのもやもやにさす一条の光がよぎったのである。初めてのオフィス机に興味深々で、洋書の山谷を徘徊するこの小さな鹿を見下ろしながら、わたしはそれを思い出した。

野球観戦には行っていた。ただし、鹿がバッターボックスに立ってから。サッカーの試合にも友人に連れて行かれたし、妻と久々のドライブにも出かけた。ただし、すべては鹿が「ふり」をしてからだ。

まさか、とは思ったが、思い当たる節が多すぎた。それを話した上で冗談半分に未来学者に命名を任せると、この不思議に愛くるしい生き物の名付け親に選ばれたことは満更でもなかったらしく、彼曰く「未来学的な」見地から、少々ウィットに富みすぎた品種名を下されたというわけだ。「ふり」をして事前に知らせる愛らしい鹿として、Pretendeer。

こういうわけで、わたしは鹿を飼っている。PretendeerがPretendeerになってから、かれこれ二年以上経つ。しかし、ふだん日記など書かないわたしが、それこそPretendeerを拾ったときにすら日記をつけようという発想が欠片もなかったこのわたしが、いまここにそれを書き記しているのには理由がある。あれからPretendeerはさまざまな「ふり」をして目を楽しませてくれた。役に立つものもあったし、役に立たないものもあった。へべれけに酔っぱらったふりはなかなかに名演であったし、どこから見つけてきたのか、ミニカーを使っての撥ねられるふりはあまりの未完成さに涙を誘うものがあった。加えて言うなら、クリスマスパーティに参加する姿をひとりで再現するのは多少無理があったと思う。とはいえ、重要な事は、その「ふり」のどれもが的中してきたということである。事前に心構えが持てたという点で役に立つことはあっても、それを予期し回避しえたことは一度もないのだ。

昨日から、Pretendeerが死んだふりをしている。「ふり」なのか、ほんとうに死んでいるのかは定かではないし、わたしとしてはそのどちらも好ましくない。しかし、それを言ったらそもそもPretendeerが野球の「ふり」をしていたのかはわからない。彼のなかではほんとうに野球をしているつもりだったのかもしれないのだ。Pretendeerが死んだふりをしているようだということ。重要なのは、もしかしたらこの後、こいつに餌をやってくれる人間が必要になるかもしれないということだ。それは、もしかしたら未来学者、きみかもしれないし、そうではないかもしれない。妻にはきみのことを話したことがあっただろうか……。ともあれ、この日記、あるいは遺書か、が誰だかわからないきみの手元に届いているということは、つまり――きみはもうすぐ、鹿を飼いはじめることになるのだろう。