俳句の文法 6 アニミズム 上 | ロジカル現代文

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このロジカルな三要素によって、現代文の学習や授業が論理的になり、確かな自信をもつことができます。ぜひマスターしてください。

◆アニミズム 上

 

 世界には八つの主要な文明があり、日本はそのうちの一つに数えられる、とサミュエル・ハンチントンはその著書『文明の衝突と21世紀の日本』(集英社新書 二〇〇〇)で述べています。

                

 その八つとは、西欧文明、東方正教会文明、中華文明、日本文明、イスラム文明、ヒンドゥー文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明です。注目すべきはこの中で日本文明は人口が少ないにも関わらず、一国一文明を成すと認められていることです。

 

 これらの文明を区別する特徴の一つには宗教の違いがあることは明らかです。八大文明ではキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、儒教がほとんどで、日本はそのいずれでもなく異質です。

 

 日本の宗教の根底にはアニミズムがあると考えられ、神道の八百万の神々というのはアニミズムそのものですし、仏教も「草木国土悉皆成仏」というように草木や国土まで成仏の対象と考えられ日本ではアニミズム的なものとなっています。そもそも国歌君が代が「さざれ石の厳となりて」とアニミズムを宣言するかのような歌詞になっています。

 

 金子兜太氏は俳句はアニミズムであると考えていたということが、中沢新一・小澤實共著『俳句の海に潜る』(角川書店 二○一六)に紹介されています。ただし残念ながら氏が何をもってそう考えていたかは詳らかではありません。

 

 哲学者の中沢氏も同じ考えで、その理由を要約すると、俳句はメタファー(暗喩)の構造をもっていて、それはアニミズムの世界観と共通するものであり、したがって俳句はアニミズムだ、というものです。

 興味深い説ではありますが、俳句は暗喩の構造をもっているとされている点について、具体的な根拠がほとんど示されていないのでわたしには理解しがたいところです。

 

 ただ中沢氏は宗教学者でもあり、アニミズムについて語られている部分は具体的で分かりやすいものでした。これについても要約すると、アニミズムとはあらゆる物に遍満し流れる目に見えない力である霊(タマ)を信じる感覚である、ということです。

 

 中沢氏から依頼されて共著者の俳人小澤實氏が選んだ、アニミズムらしい句というのが左記の十句でした。

 

  凍蝶の己が魂追うて飛ぶ           虚子

  採る茄子の手籠にきゆァとなきにけり   蛇笏

  秋の暮溲罎泉のこゑをなす         波郷

  人来ればおどろきおつる桐の花       普羅

  蟋蟀が深き地中を覗き込む         誓子

  雪片のつれ立ちてくる深空かな        素十

  何もかも知つてをるなり竈猫          風生

  落葉松はいつめざめても雪降りをり      楸邨

  泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む      耕衣

  おおかみに螢が一つ付いていた       兜太

 

 十句のうち最後の句以外の九句までが擬人法あるいは活喩の句となっているのですが、アニミズムの表れが擬人法というのでは少々皮相過ぎないかと思ってしまいます。

 

 しかし俳句初心者はたいていまず擬人法の句を作るというのはよくあることなので、これはアニミズム的感性が擬人法を使わせているとも考えられ、小澤氏のこの選句にも一理あるのかも知れません。(この項続く)