☆午前5:30 起床

といっても、毎日夜中に2~3度目が覚めるから、睡眠時間は毎日3時間が最長だな。

「癌」と告知されてから大きく変わったことの一つに‥夢見が悪い‥ってのがある。

悲しい夢しか見なくなった。
だから寝るのが怖い。
よくいわれる、三途の川とお花畑の夢も一昨日見たよ。
向こう岸から男の人が手招きして呼んでた。

今日の【心身指数】は

★★☆☆☆

星2つ‥あまり良くないな。
曇り空で朝日が見られないのも、そのせいかな。(にわかにお腹も痛い)

今日の午前中は、別府の黒木記念病院の緩和ケア病棟の見学に行ってきます。

緩和ケア病棟‥ホスピスです。
助からない患者が、短い余生を快適に穏やかに生き、痛みや苦しみを緩和してもらい、安らかに逝かせてもらえるところです。

「最期は家で!」
って願ってたんだけど、やっぱ癌患者を家で看取るのは、家族と本人の負担と苦痛が尋常じゃないからね。

見学は嫁さんと子供と行ってきます。

久しぶりに子供に会う。
最近、子供にも会いたくないんだよね。
可愛いあの子の笑顔を見ると、悲しくて悲しくて‥胸が張り裂けそうになっちゃって泣いてしまうから‥。
(ハニーと一緒にいる時のような、心の平穏が保てない)

今日は泣かずにいられるかな。
車椅子だけど、オムツ履いてるけど、ほんの数時間‥
パパしてきます(=^ω^=)笑"

今日はブログ初日というわけで、張り切って③発目!!笑"

タイトル通り‥もうすぐ死んでしまう‥ということを除けば、今が今までの人生でイチバン幸せな時を過ごしてると思う。

なぜか?って

毎日毎日、たくさんの友達、数年・数十年ぶりに会う友達、小学校~高校時代の恩師‥が会いに来てくれてるし(ちなみにお見舞いは延べ400人突破)、そして何よりも

愛しのハニー

が四六時中付き添ってくれてるから(≧ω≦)

愛しのハニー??
俺を知ってる人の90%以上の人はご存じだと思います(^ω^;)

家族と同じぐらい、俺にとっては大切な人です。
(批判はご自由に笑")

入院する前よりも、入院してからの方がずっとずっと長く一緒にいられてる。
情けないことに、今ではオムツを替えてもらったり、お尻を拭いてもらったり笑"

口では上手く言えないけど、
ハニーが俺の【生きる理由】であり、【生きた証】になるんだと確信してる。

今、ハニーはソファーに腰掛け、会話もかわさず小説を読んでます。

愛してるよ。
優子。
ありがとね。
まずはこれまでの経緯を!
面会に来てくれる方々、メールをくれる方々の全てに同じ事をお話しするのが大変なんで笑"

■H21/2/10:
左背部および腹痛にて、勤務先の内田病院を受診。
U田医師に診てもらい、単純CTとレントゲンと血液検査を行う。
「膵臓に何か黒いものがある」
と指摘されるものの、特に大した処置はなく、腸の薬をもらって終わる。(※血液検査とCTは結果待ち)

■H21/2/13:
CT診断の非常勤医師(Q大別府病院のH川医師)が、俺のCTを見て【急性膵炎】と診断。
その報告を受けたU田医師より翌日、「酒と油っこいもんを控えてな」と軽く言われる。
(内心‥急性膵炎って入院加療が必要なんじゃないの‥?)と疑いながらも、それ以後、酒と油っこいもんを著しく控える。
(とはいっても、大酒豪なんで、"控えた"といっても人並み!笑")


(何の経過観察もフォローもされず放置状態で、4ヶ月が経過‥ありえん(-"-;))


■H21/6/15:
U田医師のあまりの放置プレイに不安になり、症状の改善傾向もあまり見られないので、本来の信頼できる主治医であるS宗医師を受診する。
→S宗医師よりすぐに膵炎の薬を処方され、血液検査およびQ大別府病院への造影CTを依頼してくれ、数日後に造影CTを受ける。

(Q大別府病院の消化器科医&放射線科医&S宗医師の3名の診断も【急性膵炎】ということで、とにかく入院が必要となり、M橋病院に入院)


■H21/7/10:
容態急変(黄疸発症)にて、S別府病院に緊急転院にて緊急処置施行。

■H21/7/21:
S別府病院での検査結果が出揃い、主治医のK川医師より

‥膵炎ではなく「膵癌」です‥

との告知を受ける!
肝臓&腹膜にも転移している。
(頭ん中真っ白になる)

■H21/7/27:
毎週(月)の坑癌剤(ジェムザール)治療開始

(副作用は吐き気がかなりシンドイ(;_;))

■現状:
坑癌剤は膵臓と肝臓の転移には効いてるみたいだけど、腹膜への転移には効いてないようで、"腹水"が多量に溜まり、それに伴う様々な症状でメチャ苦しんでますが、小さな小さな希望や楽しみを見つけながら、出来るだけ笑顔で生きてます
( ^ω^)y--~~