彼は優しい人だった。
遅れていることをやんわりと伝えると、きちんと汲み取って不安だと反応を返した。
彼はとても優しい人だ。
私の周期を覚え始めていて
クリスマスにあたりそうだね。と言ってきた。
いつもの短文メールより、少し長く返してしまった。
それがそうでもない。本当は、今週終わっていると踏んだんだけど。
いつもより少し間が空いて、恐らくは彼らしい素直な返答を受信した。
大丈夫?可能性がゼロじゃないだけに。男の子はそこらへんよくわからんから、ちゃんと来るまで不安ですよ。とか考えちゃうのは心配性すぎるのかな。
とても素直で、優しい。きっと本当に不安になって、大丈夫?と打ったのだろう。
彼をそう不安にさせる必要はなかった。
そういった類の波紋をよぶであろうことは送信前に分かっていた。
でも言わずにはいられなかった。
彼は彼らしい返事を返した。
一般的には優しい返事だろう。優しい反応だろう。一応は、一緒に不安になっていることを示している。
嬉しい旨を返すと
大切な彼女ですから。すごく大事にしたいと思ってるんだよ
とも返ってきた。
率直で、想いがあった。
でも私の本音は違った。
彼に返した「嬉しい」の一言は
メールを見て私が抱いた1%の感想のみをできる限る引き伸ばした結果でしかない。
残る99%は、ただの恐怖とイライラだった。
女といえど、未経験なら『わからない』という点は男と、彼と一緒だ。
でもその『わからない』に加えて私には、逃げようのないこの体がついてくる。
他人の体におこったワカラナイコトは多少の不安で済む。
でも、自分の体に起こった、ワカラナイコトは不安ではすまない。1%未満の可能性だとしても不安を超えて恐怖以上のものが押し寄せる。
どうせ彼にはそんなもの理解できない。もしも何かが起こったとき、困るのは私で何かを抱えるのは私で欠落するのは私だ。どんなに彼に想いがあろうとも部外者でしかない。そして彼にはそれが理解できない。
優しい返信を見て、99%はその事実に対する苛立ちだった。1%の好意は単なる礼儀にすぎない。
99%をできれば言ってしまいたい。殴るように叫んでぶつけてしまいたい。
踏み越えてはいけないライン。
投げてしまいたい。一瞬でも私の苛立ちに恐れて欲しい。
だがそれは私のエゴだ。彼に投げてはいけないものだ。彼も私に言うのを止まっていることがあるであろうのと同じこと。
ラインを互いに保てるからこそ関係性が維持できているのだ。
踏み越えてはいけないライン。
ラインの目前で、すぐ手前で、
逆説的な苛立ちを抱えて地団太を踏む。