メメント・モリ
先日、同居していた祖母が亡くなりました。
ちょうど1週間前です。
祖母は、87歳でした。
ここ数週間、具合が良くありませんでした。
亡くなる2週間前から、夜中、唸りながら眠っていました。
歩くのがやっとでした。
咳がひどかったです。
1週間前は、顔も青白くなっていました。
亡くなる5日前、救急車を呼びました。
そのままICUに入りました。
入院した日は、少しだけ話が出来ました。
「私の為にごめんね」と言ってました。
3日前は、他の家族が見舞いに行き、
そのときは、意識が朦朧としている様子だったそうです。
医師の診断は、ここ数日がヤマと言っていたそうです。
入院から5日後の深夜、病院から呼び出され、家族で向いました。
病院に到着してから1時間後、祖母は亡くなりました。
身内の死は初めてです。
祖母が亡くなる瞬間を目の当たりにしましたが、
それは、心電図の画面の心拍の数値が「0」と表示されただけのことで…。
それが本当に死を意味しているのか、納得できませんでした。
祖母は、亡くなる直前もすでに意識が無かったので、
生と死を判別することが出来ませんでした。
静かに、決して“眠るように”ではなかったです…
あれが死の瞬間なのか…
祖母の死の現実味を帯びないまま、
告別式を迎えました。
年齢的にも、そう長くはないと考えてはいましたが、
実際に現実となると、なかなか素直に受け入れられないものです。
祖母のことを、あまり大事にしてなかったです。
いま思えば、もっといろいろ話をすればよかった…
いろいろ美味しいものや、洋服をプレゼントすればよかった…
一緒に写真を撮ればよかった…
もっと優しくすれば良かった…
って、悔んでいます。
お別れのとき、棺の中の祖母の頬に触れました。
驚くほど、冷たく。
これは、ドライアイスのせいなのだと思いましたが、
その瞬間、子どもの時みたいに肩を震わせながら泣きました。
父や近所の人、母方の祖母は言います。
「本当に手のかからない人だった。」と
亡くなる1週間前まで、普通に一緒に生活していたんです。
本当は、ものすごく悪かったらしいのですが。
後で、知らないところで祖母が行ってきたことなどを知りました。
祖母は、かっこいい死に方だったと思いました。
「私の為にごめんね」
そんなこと言わせてごめんね。
可愛がってくれてありがとう。
おべんきょ。
さいきんは、あまり写真を撮りに行ってません。
本を見ながら、基礎を勉強してます。
あと、
なかなか、一人でカメラを構えるのが慣れなくて…
恥ずかしいというか、おこがましいというかww
あと、
引っ越しの準備や仕事が忙しい…。
引っ越しが済んで、落ち着いたら、
腰を据えて…。
カメラ散歩仲間がほしい。






