私は、こうした行動を「過保護」と呼んでいます。
皆さんはどうお考えでしょうか?
犬とは言葉が通じないため、飼い主としては「良かれ」と思って行動することがありますが、それが本当に犬にとって必要なことかどうかは分からない場合があります。
こういった“思いやりの押し付け”は、犬との暮らしの中でよく起こることです。
飼い主がしてくれることの中には、犬自身の考えている範囲を超えた、つまり犬にとっては想定外のことが、必要以上に施されてしまう場合もあります。
もちろん私も気をつけていますが、犬にとっては「ラッキー」なことに見えても、実際にはそれほど必要ではなかったり、時には犬にとって負担になることさえあります。
また、犬には言葉が通じないため、物事が予想通りに進まないと迷いが生じてしまいます。
いつも同じように、一貫した対応がされないと、犬は何が正しいのか理解できなくなり、不安や混乱につながってしまうのです。
犬が飼い主の指示を聞かない場合、その理由の多くがこうした「小さなすれ違い」によるものです。
本来、きちんと理解し合えれば、人間と犬の間には思った通りの関係が築けます。
レストランでの食事や、公共交通機関の利用など、社会の中で共に行動することだって可能になるのです。
ところが、こうしたちょっとした理解のズレが、人間と犬との関係を“特別”なものにしてしまっていることもあります。
私の家には、かつてコリー犬がいました。
私が小さかった頃の話ですが、その犬に対して、私は日本語が通じると思い込んで接していました。
たとえば「おもちゃを片付けて」と命令したり、馬に乗るようにその背中に乗ったりと、犬にとっては嫌だったであろうことを、何の疑問も持たずにやらせていたのです。
今振り返ると、あの犬にはかわいそうなことをしてしまったな…と、深く反省しています。
