幼少期の自分の感覚。

あの感覚を取り戻したい!って思うことがあって。

それっていうのが、「今ここにある幸せを感じること」「すでにここにある」という感覚。

よく聞くやつだよねデレデレ

でもね、これが本当に大切だって思ったのよ。





うちのお母さんがよく言っていた言葉。


「家がもっと大きかったら」

「あの時にあんなことしなければ、今もっとお金があったのに」

「友達家に呼ぶの恥ずかしくないの?」
って聞かれることもあった。



こういう言葉を聞くたびに、嫌な気持ちだった。
お母さんが悲しそうだから。

夫婦喧嘩は大体、お金の話から始まる。
それも嫌だった。


それと同時に、子供の時の私はこう思った。



私は今のおうち好きだけどな。
もっと大きくて広いおうちだったら、けんかはなくなるのかな?
本当にそうなのかな?


ご飯が食べられておうちがあって、お風呂も入れる。
なのになんでお金がないってお母さんは言うんだろう?
辛そうなんだろう?
なんで怒ってるんだろう?



大人になってみて、もちろんお母さんの気持ちもわかる。

子どもを不自由なく育てたいって思ったら、お金はいくらあっても足りない。

それに自分ももっと自由にお金を使ってメイクとかファッションを楽しみたかっただろう。
旅行ももっと行きたかっただろう。



でもお母さんのことを思い出して思ったのは、外側の問題じゃなくて内側の問題だということ。



もうひとつお母さんの例をあげると、美容院に行って帰ってくるたび、必ず文句を言う。

満足しているところを見たことがない。

お母さんの好みにあう美容師さんに出会えていないのか??

何度も何度も美容院を変えているのに。。。



あぁ、違う。
これは内側の問題だ。

お母さんはずっと「ない」に注目しているんだ。

ない、足りない、ここがダメ。

だから満足する感覚が得られないんだ。



その状態でいくら外側の環境や人や状況を取り替えても、得られる感覚は変わらない。



きっと大きくて広い家に住んでも何も変わらない。

素敵な美容師さんに出会っても変わらない。



逆に、子どもの頃の私は「ある」に目を向けていた。



お父さんとお母さんがいる。

家がある。

ご飯がある。

テレビがある。

お布団がある。



だから不足感がなかった。

あのおもちゃが欲しい!とかゲームが欲しい!はあったけど、無くても幸せだった。




この感覚や!!!!!!

私、この感覚が今欲しい!!!!!!!





気づいたら私も不足に注目する大人になっていた。

もっとお金があったら、、、

もっと時間があったら、、、

もっと容姿がよかったら、、、

もっと◯◯があったら、、、、


ないないないないない

ここにハマってしまうと、終わりがない。

何を手に入れても、結局次の不足を見つけ出す。




あるものに目を向ける、よく聞くけどあんまりよくわかってなかった。

それで何が変わるの?って。

だって現状、本当にその"モノ"はないわけだから。

あるものに目を向けてなにが変わる??



過去のお母さん
過去の自分


気づかせてくれてありがとうお願い

自分のことを思い出したらすごく腑に落ちた!!笑



心の土台を整えない限り、モノとしてなにかが手に入っても意味がないということ。




だからまずは自分の内側からハート


今ここにある幸せを感じる。


今すでに満たされていると気づく。


そのうえで、さらになにを望む??


なにをして遊びたい??


楽しみたい??


そんな風に、子どものように、

ひとつひとつを丁寧に感じて、

欲しいものを素直に望む。


そした、見える世界がどんどん変わっていくだろう。