お見舞いはずっとされる側だったけど

今日はスル側になりました苦笑


元同期のM田くんが椎間板ヘルニアで

手術、入院してました。


会社が変わってなかなか連絡できずにいたけど

おととい病気のことをカミングアウトするメールをしたら


“実は俺も椎間板ヘルニアで手術、入院しています”

・・・・ていう返信がパカッ驚いた


早速、雑誌たんまり買って

お見舞いに行ってきました。


もう1ヶ月以上も入院していて

やっと歩行器を使って歩けるようになったらしい。


そして・・・退屈で、退屈で

気分が滅入ると話していた

そうか…。わっかるなぁ~


ちょっとでも時間をつぶすのに

役に立てたみたい

雑誌も喜んでくれたてれ(苦笑)


良かった

久しぶりに人の役に立てたと思えた日でした。

びぇぇ~ん泣き3泣き3泣き3

寂しいよぉ~。


私の心のダーリンOさんイタリアへ



そろそろぶろぐテーマ変えたほうがいい?

ってくらいOさんネタでごめんなさい。



本人に伝えようともしてないのに

やっぱりいないとダメです私。


自分も仕事してたら明らかに

入れ違いだからこんなに会える年は

今年だけかもモジモジ

あと7日間我慢、がまん


帰国してもすぐまた上海だぁ~ダウン

子宮頸ガンと診断されてから

すぐに聞いたのは

仕事どうしましょう?ってことだった。


いまのK〇病院ではなく

地元の病院でのこと


3月1日に診断され

3月6日からカリブ海に行く予定だった


当然、それはキャンセルをし

その日から仕事は休んでる。


いつの頃からか

すぐだったか

わすれてしまったけれど


その頃、Oさんを含めて5人の友達に

病気の事を話したら

入れ替わり立ち代りで


出発の日の朝や、飛行機乗る前

または前泊している成田空港のホテルから

帰国は成田空港到着後の帰りの電車の中から

“行ってきます”

“ただいま”“今帰国”といったメールが届くようになった



Oさんからはほぼ毎回だったので

わざわざ次はいつからいつまでどこへいくのか

聞かなくとも予定がわかった


他の友人についても同様だったので

みんなの予定を合わせるときは

私が1番よく知るようになった。



すごく嬉しい

すごっく嬉しいけど



すっごく悔しかった

すごく苦しい


身体が元気になればなるほど

それは身体に突き刺さるほど苦しい連絡になった



でも手術の辛さや

抗がん剤への恐怖、副作用の恐怖、辛さ

乗り越えてきて

今も復帰しようと頑張れるのは


この嬉しいのと悔しく、苦しいメールが

あるからだとあらためてわかった。



さっきOさんから今日成田空港のホテルに宿泊すると

ニュージーランドから帰国したMYが

それぞれメールをくれた



この嬉しさと悔しさを

バネにして夕方のウォーキング出発しま~す