子宮頸ガンと診断されてから
すぐに聞いたのは
仕事どうしましょう?ってことだった。
いまのK〇病院ではなく
地元の病院でのこと
3月1日に診断され
3月6日からカリブ海に行く予定だった
当然、それはキャンセルをし
その日から仕事は休んでる。
いつの頃からか
すぐだったか
わすれてしまったけれど
その頃、Oさんを含めて5人の友達に
病気の事を話したら
入れ替わり立ち代りで
出発の日の朝や、飛行機乗る前
または前泊している成田空港のホテルから
帰国は成田空港到着後の帰りの電車の中から
“行ってきます”
“ただいま”“今帰国”といったメールが届くようになった
Oさんからはほぼ毎回だったので
わざわざ次はいつからいつまでどこへいくのか
聞かなくとも予定がわかった
他の友人についても同様だったので
みんなの予定を合わせるときは
私が1番よく知るようになった。
すごく嬉しい
すごっく嬉しいけど
すっごく悔しかった
すごく苦しい
身体が元気になればなるほど
それは身体に突き刺さるほど苦しい連絡になった
でも手術の辛さや
抗がん剤への恐怖、副作用の恐怖、辛さ
乗り越えてきて
今も復帰しようと頑張れるのは
この嬉しいのと悔しく、苦しいメールが
あるからだとあらためてわかった。
さっきOさんから今日成田空港のホテルに宿泊すると
ニュージーランドから帰国したMYが
それぞれメールをくれた
この嬉しさと悔しさを
バネにして夕方のウォーキング出発しま~す