今日は安部さんの本命日。
2014年7/7に、移住先のインドで亡くなった。
享年64歳。
安部さん関係の曲は昨日の記事に書いたので、今日は月命日に連載している「ティータイム・トーキング」の感想の続きを。
「受付で名前を呼びあげられ、カードをもらい、練習コースのある中庭に出るガラスドアの前に、ゾロ
ゾロ集まります。これも、他の人がそうするから、なんとなくそこにいるだけで、不安なのです。
時間になって、ドアからみんな出て行くのでくっついて行きます。いよいよモノホンの自動車です。
——中略——
練習コースを歩いていき、みんな車の助手席に乗りこみます。
——中略——
さきほどもらった自分のカードを見ると、書いてありました。53番。
——中略——
心細さいっぱいで捜していると、いちばん向こうにありました。みんなは助手席に座っているけれど、初心者であり、折り目正しき日本人の僕は、これから教えを請けうるのに、そんなこと『ワテ、ヨーシマヘン』の人だから、車の外で軽く柔軟体操っぽいことしながら、指導員様が、いらっしゃるまでお待ちするのです。
——中略——
どうか心やさしい指導員様に当たりますように。祈るような気持ちです。
若い指導員様が僕の担当さんでもあります。車に乗り込み、初歩的なことをいろいろやるのであります。
——中略——
一時間の教習時間で、指導員にブレーキを踏まれたのは1回だけでした。
——以下略——」
私が行っていた2003~4年は、安部さんが行っていた1979~80年に比べて、ずい分制度が変わっていた。
当たり前だけど。
教習所に着くとまず、専用機械に受講カードを通して、自分の教習原簿を取り出す。
技能教習の日は、教習開始5分前までに配車手続きを行う。
これは、別の機械にカードを通すと、配車券というのが出てくる。
自分が今日使う車の番号が書いてある。
チャイムが鳴ってからでもいいが、慣れるまでは早いめに車の前で待機しているのがいい。
当時、O教習所では、AT車の一部は屋根付きガレージに停まっていた。
私が技能の第1回目で使ったのは、69号車。
チャイムがなり、何人かの指導員が屋根付きガレージにやってきた。
担当のT中先生ってどの先生?
年配の先生が多い中、若い先生だった。
ちょっと拍子抜け?
まずは車の説明があり、それから助手席にに乗り、先生がデモンストレーションを行う。
そして、運転席に移り、いよいよ自分が運転する。
外周を内回りと外回り。
結構ブレーキを踏まれて、前途多難のスタートとなった。
画像お借りします。