今晩は。今日は久しぶりに思った事があるのでブログを書く事にしました。


今日現在迄に色々な方々が交錯しながら生きていく姿をどの様に捉えるか。

そしてその捉え方は十人十色な考えを持っていると僕は思います。


まずは才能の部分でお話しようかと思います。

人には生まれて持った天性の才能と言うものが誰しも持っていると僕は考えております。

その導き方はやはり人との付き合い方に精通するものだと思います。

僕の場合は18歳の時から23歳迄の区間で転職を十数回行いました。

しかし、それは無駄な時間では無いと言う事を今は実感しております。


つい最近も人から何人かは相談を受けております。

しかし、それは個々の自己主張が強く現れていますが、その奥に眠っている目標や夢などは全く感じられませんでした。

人の天性と言うのは自ずと小さい頃から備わっているものだと僕は思います。

でもね、人の顔色を伺っている様では何も進展はないと思う。



まず、自分が何をしたいのかから始まり、その次に過去にやってきた事を振り返り、そして現在から未来に向けて何を思うかだと僕は思う。

しかし、現在の状況では不景気、リストラ、就職困難等が無数に飛び交っているのは事実だと思う。僕の会社では、今までリストラは無いにしても、結構きつい現状は確かです。

しかし、去年に自分の母校(高校)に訪ねて、元担任の教師に「一人親の事情で大学に行けなくなったから面接お願いします」とはっきりとお願いされました。

きつい状況下は変わらないけど、僕はこの時点で面接を行う覚悟はできました。


恩師でもあり、時には互いにわかり会える友人みたいな感じの高校だったので、来月に面接を行う事を決心しました。


でもちょっと待って。恩師が友人?後輩かも知れないけど本当に助けていいのか?等、僕の中での交錯は続きます。しかし、迷っていればそれだけの時間を費やすし、人にも迷惑が掛かるんではないかと正直思いました。


想いは常に心の中にあると僕は思う。



そして常々想いは人の中に伝わると確信しています。



人の才能は天才と凡才の二通りに分けられる訳だけど、それは努力したかどうかによるものだと僕は思う。


転載は90%の努力と10%の感性や霊感、直感が備わっている訳だと思い、凡才は30%の努力と70%の直感を信じている部分がある。でもね、これらは両者共に同じ人には変わりないってことなんだよね。


かつてのお笑いの天才ビートたけし氏は何年か昔にバイクの事故で顔面を半分喪失。
しかし、希望と言う文字の強い力があったからこそ、今では映画監督やバラエティー番組に出演できている。
しかし、彼はお笑いに関して顔で表現できなくなっても未だに言葉の表現を忘れてはいない。

そんな彼を支えてきているものは家族と言うものなんだよね。


家族が笑って過ごせる幸せ、何でも言い合える家族は幸せなんではないかと僕は思う。


天才は100%ではないってことなんだよね。

今現時点で僕が思っている事は、若い力を無駄にして欲しくないと心から願っている。




ドコモのコンシェルジュサービスで受け取る人身事故。車の事故等受け取るけど、そんなのは時間の無駄!!


その時間があるのであれば、人の為に生きよ。

僕はそう思う。