最近新しいゲームソフトをあまり買っていない。
このままではブログを改名しなくてはいけないじゃないか!
今月になってから買ったのはVitaのデモンゲイズくらい・・・
EXPチームラ開発のDRPGとしては堅調な作りだけど、
残念ながら新規さんに全力で勧めるような出来ではないと思う。
同じジャンルの世界樹なんかと比べるとやっぱり不親切だし、
かなりアラが目立つ。
こうやって
「まあ、オレはその辺の違いがわかるから楽しめるけどね~ うーんご新規さんか~、ご新規さんにはちょっとチームラゲーは敷居高いかな? 世界樹でもやったほうがいいよ、笑」
的な目線でモノを言うのが、僕をはじめウンチクゲーマー兼ネット評論家様の特徴であります。ミサワ先生が書いてそうですよね。
特にフロムソフトウェア(アーマードコア/デモンズソウル)やアイディアファクトリー(ソウルズ/ネプテューヌ)のゲームが好きな人に多いような印象ですね。僕は両方とも大好きです。
今月末にはPSO2のVita版が出るのと・・・あとカグラは一応買います。
ただ僕は女性の胸に関しては控えめな方が好きですのでその点には魅力を感じません…といったら「何のために買うの?」と素朴なツッコミを受けました。自分でもよくわかりません。積む気まんまんですね。
今のところ楽しみにしてるのは来月のDIVA-Fです。あとFF14のβ。
昨日の記事のつづき。
収入源は動画投稿~急増 アマチュア映像作家~
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3309.html収入源は動画投稿~急増 アマチュア映像作家~
✕✕✕✕✕
さて、番組の題材は面白かったのですが、いかんせん30分という短い枠の中ですから全く紹介されなかった側面もあります。例えば広告収益を狙った無断転載です。
ニコニコは今投稿者にダイレクトに広告収益が入る仕組みにはなっていませんが、クリエイター奨励プログラムというもので金銭を得ることは可能です。ただこれは単純な再生回数だけで評価される仕組みではないので、直接の報酬が目当ての転載は比較的少ないと言えるでしょう。
逆に言うとこれはニコニコ本体が総取りしていて、広告収入をユーザーには分配していないということでもあります。ニコニコ市場などから莫大な収入が入っているのは確実なので。
問題はつべの方なんですが、こちらはモロに動画に広告が出て、その収益をユーザーに分配しています。投稿した動画がちょっと再生が増えるとつべからメールがきて、収益化しませんか?みたいな提案を受けます。
訳:お前の動画が伸びてるぜ!クリエイターとして成功したいだろ?
なら、アカウントの設定欄で収益化を有効にしろよ!
つべの広告は動画の冒頭に挿入されるか動画の前面に表示されるので視聴の妨げになり、評判が非常に悪いです…が、それでもアクセス数さえあればそれなりに収益になるらしく、人気のある動画はことごとく転載されています。私はこれまでニコニコに動画を60本ほど投稿していますが、広告を伴う転載が確認できていないのは10本に満たないといった状況。ニコニコへ投稿したその日のうちにつべに上げられています。
中にはニコニコの再生数をつべが上回っているケースもありますが、それらの収益がどこかの誰かに渡っていることになります。(私はつべからお金をもらったことがありませんので、いくらくらいの収益なのか分かりませんが・・・。)
またアクセス増を狙って動画のURLを2chやSNSに爆撃するスパムも増えています。こういった事が野放しでほとんど規制されていないのが現状ですが、この点については番組ではひとことも触れられませんでした。
動画サイト側としては転載だろうが何だろうが全体でのPVと広告収入が増えれば別にいいわけですし、積極的に取り締まる理由は特にありません。動画の作者としては二次創作だったり著作権絡みで完全に自分の作品だと胸を張れないことも多く、表に出づらい状態。こういった硬直を利用した転載をしている人は大勢いて、潰しても別アカウントで復活するいたちごっこです。
個人的には完全に自分の権利作品だと胸を張れない時点で他の人にどうこういう権利はないと思ってますので、自分の二次創作動画については何も言いませんが、明らかなオリジナル作品を転載しまくっている業者に対しては相応の法的ペナルティがあるべきではないでしょうか。
つい最近、相互リンク先の義経さんが動画の転載について愚痴ってました。
もやもやするのは私もよくわかります。
そして考えてもどうにもならないという結論にたどり着くまでがテンプレ・・・。
http://areda.blog9.fc2.com/blog-entry-1408.html
昨日クロ現を見ていたらなかなか面白いテーマでした
収入源は動画投稿~急増 アマチュア映像作家~
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3309.html
要約すると、つべやニコニコに動画を投稿して広告収入やインセンティブで食ってる人が増えてるよ、乗り遅れるなー^^って番組なんですけども。
こういう生き方自体は、もっと模索されてしかるべきだろうなと思います。
今の日本人の労働観っていうのは基本的に
「辛く苦しいことを我慢して我慢して我慢して、その代償としてお給料をもらうことが尊い」という考え方が根底にあり、仕事=「修練を伴う苦役」と捉えている面が強いです。
番組の中でプロの動画投稿者の女性が「自分が楽しいと思えることをして、ユーザーが喜んでくれて、お金まで頂けるならみんなハッピーじゃないですか」みたいなことを言っていましたが、この点に関しては私も大いに頷きます。この人の発言を非難している人は、おそらくですが「楽しく稼ぐ」と「楽して稼ぐ」を混同してるのだと思います。
「好き」を仕事にしている人は、好きだからこそ技術や知識の習得も苦にならないし、長時間作業しても疲れない。なので本人は「苦労してる」「努力してる」というつもりはないのですが、結果的に誰よりも多くの経験値を積んでいるのが普通です。
どんなジャンルでも人より秀でた何かを提供するために何百、何千時間という修練が必要なのは間違いありませんが、その何千時間という努力も好きなことなら苦痛に思えない。こういった努力が苦にならない回路が完成している人を「天才」と呼ぶのだと、任天堂の社長が糸井重里との対談で話していました。これはその通りだと思います。天才は生まれ持った遺伝子のことでなく、好きな事をとことん伸ばせる環境を構築した人のことだというわけです。
知人にプロのイラストレーターさんがいますが、仕事の絵を描くのに疲れたら息抜きに同人誌を書くと言っていました。え、お前それ結局絵しか描いてなくね?www とツッコミたいのは山々ですが、それでこそお金をもらえるくらい上達するのでしょうね。
「仕事だから」という理由で、楽しくもないことやりたくもないことをひたすら辛抱して我慢することにどんな意義があるのでしょう? それで人よりも知識やスキルが上達し、立派に歳をとれるのでしょうか。
日本の社会に足りないのは、こういった好きなことや得意なことを仕事に結びつけるための教育ではないかなと思います。一芸に秀でていれば、アイディアしだいでいくらでも仕事なんて取れるはずなんですけど、なぜかそこには大きな断絶がある。仕事=苦痛=立派、趣味=快楽=低俗という線引きがされていないでしょうか。仕事=趣味=快楽=立派という図式であれば、個人あたりの生産性はもっと高まると思うのですけれども。
「お前もいい年してバカやってないで、マトモな就職しろよ」みたいな風潮、むしろ逆じゃないかなと思います。「お前もいい年してマトモな仕事なんかしてないで、もっとバカやれよ」の方が好きですが、それで失敗した後に復帰できる可能性が極端に低いため、多くの人は諦めて苦役に甘んじているのでしょうね。
番組の中で、「動画で一度ヒットが出て数十万円が入ってきたので会社を辞めました・・・がその後ヒットが出ず焦っています」みたいな人が喋ってました。これを見て「ほら見ろ、そんなに甘くないんだよ、バーカ」というリアクションが多いのが今の日本です。
自分だったらどういう風に成功させるかといった点には興味がなく、自分たちと異質なことをやって失敗した様子を見て、安全地帯にいる自分を確認して溜飲を下げるだけ。創造的なことにはトコトン向かない国民性ですね。
まあ出演してた人も行き当たりばったりすぎてビジネス感覚が欠如していたのは明らかだったので、そこを指摘されるのは仕方ないですけど・・・。
色んな事を我慢して、それと引き換えにお金をもらうことが正しいのか?
模範的なサラリーマンとして生きづらい人はどうやってお金を稼げばいいのか?
生き方への問をこのテーマは投げかけています。
✕✕✕✕✕
そんな大層な話にしなくても、路上かテレビしか露出する手段がなかった大道芸人や歌手といったパフォーマーが、動画投稿によってテレビ以外にもまとまった収入を得る手段が増えた。テレビに出て人気者になるのは非常に狭き門だったが、動画サイトなら人気が出るかどうかは実力しだい。好きなことで食っていけるチャンスが広がった~的な視点の方がイメージしやすかったと思うんですよね。この番組。
それじゃテレビ局の立つ瀬がないので、言いたくないのは分かりますけども。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3309.html
要約すると、つべやニコニコに動画を投稿して広告収入やインセンティブで食ってる人が増えてるよ、乗り遅れるなー^^って番組なんですけども。
こういう生き方自体は、もっと模索されてしかるべきだろうなと思います。
今の日本人の労働観っていうのは基本的に
「辛く苦しいことを我慢して我慢して我慢して、その代償としてお給料をもらうことが尊い」という考え方が根底にあり、仕事=「修練を伴う苦役」と捉えている面が強いです。
番組の中でプロの動画投稿者の女性が「自分が楽しいと思えることをして、ユーザーが喜んでくれて、お金まで頂けるならみんなハッピーじゃないですか」みたいなことを言っていましたが、この点に関しては私も大いに頷きます。この人の発言を非難している人は、おそらくですが「楽しく稼ぐ」と「楽して稼ぐ」を混同してるのだと思います。
「好き」を仕事にしている人は、好きだからこそ技術や知識の習得も苦にならないし、長時間作業しても疲れない。なので本人は「苦労してる」「努力してる」というつもりはないのですが、結果的に誰よりも多くの経験値を積んでいるのが普通です。
どんなジャンルでも人より秀でた何かを提供するために何百、何千時間という修練が必要なのは間違いありませんが、その何千時間という努力も好きなことなら苦痛に思えない。こういった努力が苦にならない回路が完成している人を「天才」と呼ぶのだと、任天堂の社長が糸井重里との対談で話していました。これはその通りだと思います。天才は生まれ持った遺伝子のことでなく、好きな事をとことん伸ばせる環境を構築した人のことだというわけです。
知人にプロのイラストレーターさんがいますが、仕事の絵を描くのに疲れたら息抜きに同人誌を書くと言っていました。え、お前それ結局絵しか描いてなくね?www とツッコミたいのは山々ですが、それでこそお金をもらえるくらい上達するのでしょうね。
「仕事だから」という理由で、楽しくもないことやりたくもないことをひたすら辛抱して我慢することにどんな意義があるのでしょう? それで人よりも知識やスキルが上達し、立派に歳をとれるのでしょうか。
日本の社会に足りないのは、こういった好きなことや得意なことを仕事に結びつけるための教育ではないかなと思います。一芸に秀でていれば、アイディアしだいでいくらでも仕事なんて取れるはずなんですけど、なぜかそこには大きな断絶がある。仕事=苦痛=立派、趣味=快楽=低俗という線引きがされていないでしょうか。仕事=趣味=快楽=立派という図式であれば、個人あたりの生産性はもっと高まると思うのですけれども。
「お前もいい年してバカやってないで、マトモな就職しろよ」みたいな風潮、むしろ逆じゃないかなと思います。「お前もいい年してマトモな仕事なんかしてないで、もっとバカやれよ」の方が好きですが、それで失敗した後に復帰できる可能性が極端に低いため、多くの人は諦めて苦役に甘んじているのでしょうね。
番組の中で、「動画で一度ヒットが出て数十万円が入ってきたので会社を辞めました・・・がその後ヒットが出ず焦っています」みたいな人が喋ってました。これを見て「ほら見ろ、そんなに甘くないんだよ、バーカ」というリアクションが多いのが今の日本です。
自分だったらどういう風に成功させるかといった点には興味がなく、自分たちと異質なことをやって失敗した様子を見て、安全地帯にいる自分を確認して溜飲を下げるだけ。創造的なことにはトコトン向かない国民性ですね。
まあ出演してた人も行き当たりばったりすぎてビジネス感覚が欠如していたのは明らかだったので、そこを指摘されるのは仕方ないですけど・・・。
色んな事を我慢して、それと引き換えにお金をもらうことが正しいのか?
模範的なサラリーマンとして生きづらい人はどうやってお金を稼げばいいのか?
生き方への問をこのテーマは投げかけています。
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そんな大層な話にしなくても、路上かテレビしか露出する手段がなかった大道芸人や歌手といったパフォーマーが、動画投稿によってテレビ以外にもまとまった収入を得る手段が増えた。テレビに出て人気者になるのは非常に狭き門だったが、動画サイトなら人気が出るかどうかは実力しだい。好きなことで食っていけるチャンスが広がった~的な視点の方がイメージしやすかったと思うんですよね。この番組。
それじゃテレビ局の立つ瀬がないので、言いたくないのは分かりますけども。
