先日、すご~~~~~く久しぶりに、なぜか(?)遅番だったので
朝ゆっくり寝て、彼ちゃんとテレビを見ていたら、
パラリンピックのドキュメンタリーを放送していました。
新居に引っ越す5日前に
愛する人が事故に巻き込まれた。
競技用の自転車に乗っていたところ、車と衝突。
外傷は無かったけど脳に損傷があり、記憶に障害がある・・・・1分前のことを忘れてしまう。
『貴方には未来があるんだから』
と旦那様と別れることを勧めた、旦那様の御両親。
その申し出を断って旦那様を支えていく道を選ばれたそうです。
そんな中、自転車だけは乗ることが出来た旦那さまに、奥さんは自転車に乗ることを薦めました。
一筋の希望となったかのように思えましたが、以前のスピードの半分も出ない事実に落胆し、
仕事も出来ず部屋に引きこもりになってしまう旦那さま。
障害者年金と、つきに5万円しか稼げない(それ以上稼ぐと、障害者年金がもらえない)中での、夜の奥さんのパート。
子供3人、当時はまだ小さかったと思う一番下の子を抱え、
奥さんは旦那さまを支え続けていました。
ある日、足が無い、手が無い障害者の出場する、パラリンピックをテレビで見て、
旦那さまは、奮起します。
もう一度、自転車に乗ろう。
結果、北京パラリンピック、3つの種目での金・銀・銅メダルを獲得。
そのための海外の遠征、多大な出費。
やりくりした奥様は
『目標を持って頑張ってる姿が嬉しかった』
だから、お金がかかっても、構わなかった、と。
『すごいね・・・奥さんも立派だし、旦那さんも。』
『だな。』
『私だったら、できるかなぁ?』
『オレだったら、死んだ方がまし、って思っちゃうだろうな』
『なんで???奥さんは、一緒にいる道を選択したのに、その奥さんを残して死んじゃうの???』
『だって、1分前の事覚えていられないんだろ!?』
愛する人がいるのに、置いていってしまうなんて・・・・・
って、最初は思ったけど、
もし自分が逆の立場だったら・・・・
って考えたら、彼ちゃんの幸せを願ったり・・・・・
いつか自分の元を去っていってしまうんじゃないか、っていう不安から、
死ぬまではないだろうけど、
『別れ』を選択するのかもしれないとは思います。
大切な人が、落ち込んだり、絶望したり・・・・
そういうときに強くいれるかな。
例えば、自分には否がないのに、
脳に障害を持ってしまった、とか。
きっと、本人自身がすごく悔しい・・・というか、
やりきれない気持ちと戦ってる時。
どうだろう。
がんばろう!と、腹をくくってくれたら、
全身全力で応援して、励ますことはできると思う。
だけど、そこにたどり着くまで、『待つ』ことが出来るのかなぁ・・・・
絶望してしまっても仕方ない状況を受け入れつつ、
見守る強さが、私にはあるだろうか・・・・。
と、深く考えてしまいました。
私の性格上、自分自身に対しての甘えから、招いてしまった結果で
落ち込んでいる姿を見ると、
甘えるな!
と思ってしまいます。
そうなるであろう事を踏まえて、
楽な道を選んだのだから、
後になって自分が苦しんでも、自業自得だと。
だけど、その経験を生かして、克服しようとしたり、
自分の弱さと向き合える人は、
偉いと思いますし、応援もしようと思います。
でもそれが、自分の弱さとは関係のない部分だったら。
私は、ちゃんと向き合えるのか。
いらいらしたりしないで見守れるか・・・・・。
あんまり自信がありません。
それは、きっと私自身が、まだまだ人間としての強さが足りないからだと、
確認しました。
悪い事ばかりを想像して生きていっても、もちろん、楽しくなんてありません。
別に、悲観的に捕らえてるわけではないんですよ(笑)
でも、人生、何があったとしてもおかしくはないし、
いい事ばかりがあるとも限りません。
備えあれば憂いなし
というように、いつでもいざというときの覚悟を持てるように考えてる、って言う事です。
以前も、同じようにもしものことを考えて置いたおかげで、
人生の一大事に遭遇したとき、もう答えは決まっていて・・・・
冷静に対処する事が出来ました。
今回の場合は
もちろん、本当に経験したわけじゃないですから、
当事者の気持ちを100%、理解してる(出来てる)とは思ってないけど。
そういう、何か、が起きたとき、逃げずに向き合えるかどうかって言うのは、
私の中で凄く大切な事です。
それは、私だけでなく、夫である彼ちゃんも同様です。
だって、逃げても幸せにはなれないし、
尊敬も出来ないから。
揺ぎ無いない絆は、
個々の揺ぎ無い『人間力』があってこそ。
一緒に頑張っていこう、って思いました。
この間の記事とちょっとかぶっちゃった(笑)
お読み頂き、ありがとうございます(・∀・)
朝ゆっくり寝て、彼ちゃんとテレビを見ていたら、
パラリンピックのドキュメンタリーを放送していました。
新居に引っ越す5日前に
愛する人が事故に巻き込まれた。
競技用の自転車に乗っていたところ、車と衝突。
外傷は無かったけど脳に損傷があり、記憶に障害がある・・・・1分前のことを忘れてしまう。
『貴方には未来があるんだから』
と旦那様と別れることを勧めた、旦那様の御両親。
その申し出を断って旦那様を支えていく道を選ばれたそうです。
そんな中、自転車だけは乗ることが出来た旦那さまに、奥さんは自転車に乗ることを薦めました。
一筋の希望となったかのように思えましたが、以前のスピードの半分も出ない事実に落胆し、
仕事も出来ず部屋に引きこもりになってしまう旦那さま。
障害者年金と、つきに5万円しか稼げない(それ以上稼ぐと、障害者年金がもらえない)中での、夜の奥さんのパート。
子供3人、当時はまだ小さかったと思う一番下の子を抱え、
奥さんは旦那さまを支え続けていました。
ある日、足が無い、手が無い障害者の出場する、パラリンピックをテレビで見て、
旦那さまは、奮起します。
もう一度、自転車に乗ろう。
結果、北京パラリンピック、3つの種目での金・銀・銅メダルを獲得。
そのための海外の遠征、多大な出費。
やりくりした奥様は
『目標を持って頑張ってる姿が嬉しかった』
だから、お金がかかっても、構わなかった、と。
『すごいね・・・奥さんも立派だし、旦那さんも。』
『だな。』
『私だったら、できるかなぁ?』
『オレだったら、死んだ方がまし、って思っちゃうだろうな』
『なんで???奥さんは、一緒にいる道を選択したのに、その奥さんを残して死んじゃうの???』
『だって、1分前の事覚えていられないんだろ!?』
愛する人がいるのに、置いていってしまうなんて・・・・・
って、最初は思ったけど、
もし自分が逆の立場だったら・・・・
って考えたら、彼ちゃんの幸せを願ったり・・・・・
いつか自分の元を去っていってしまうんじゃないか、っていう不安から、
死ぬまではないだろうけど、
『別れ』を選択するのかもしれないとは思います。
大切な人が、落ち込んだり、絶望したり・・・・
そういうときに強くいれるかな。
例えば、自分には否がないのに、
脳に障害を持ってしまった、とか。
きっと、本人自身がすごく悔しい・・・というか、
やりきれない気持ちと戦ってる時。
どうだろう。
がんばろう!と、腹をくくってくれたら、
全身全力で応援して、励ますことはできると思う。
だけど、そこにたどり着くまで、『待つ』ことが出来るのかなぁ・・・・
絶望してしまっても仕方ない状況を受け入れつつ、
見守る強さが、私にはあるだろうか・・・・。
と、深く考えてしまいました。
私の性格上、自分自身に対しての甘えから、招いてしまった結果で
落ち込んでいる姿を見ると、
甘えるな!
と思ってしまいます。
そうなるであろう事を踏まえて、
楽な道を選んだのだから、
後になって自分が苦しんでも、自業自得だと。
だけど、その経験を生かして、克服しようとしたり、
自分の弱さと向き合える人は、
偉いと思いますし、応援もしようと思います。
でもそれが、自分の弱さとは関係のない部分だったら。
私は、ちゃんと向き合えるのか。
いらいらしたりしないで見守れるか・・・・・。
あんまり自信がありません。
それは、きっと私自身が、まだまだ人間としての強さが足りないからだと、
確認しました。
悪い事ばかりを想像して生きていっても、もちろん、楽しくなんてありません。
別に、悲観的に捕らえてるわけではないんですよ(笑)
でも、人生、何があったとしてもおかしくはないし、
いい事ばかりがあるとも限りません。
備えあれば憂いなし
というように、いつでもいざというときの覚悟を持てるように考えてる、って言う事です。
以前も、同じようにもしものことを考えて置いたおかげで、
人生の一大事に遭遇したとき、もう答えは決まっていて・・・・
冷静に対処する事が出来ました。
今回の場合は
もちろん、本当に経験したわけじゃないですから、
当事者の気持ちを100%、理解してる(出来てる)とは思ってないけど。
そういう、何か、が起きたとき、逃げずに向き合えるかどうかって言うのは、
私の中で凄く大切な事です。
それは、私だけでなく、夫である彼ちゃんも同様です。
だって、逃げても幸せにはなれないし、
尊敬も出来ないから。
揺ぎ無いない絆は、
個々の揺ぎ無い『人間力』があってこそ。
一緒に頑張っていこう、って思いました。
この間の記事とちょっとかぶっちゃった(笑)
お読み頂き、ありがとうございます(・∀・)