先日、通りがかりのカップルを接客させていただきました。
背の高い、イケメンの彼と・・・・145cmくらいの笑顔のかわいい女の子。
うちのお店の自慢の商品をご紹介して、いろいろ話をさせていただくと・・・・・
『私ね、出身が山形県なんですよ。』
『・・・えっ
』
『えっ、って・・・?』
『私も、山形なんです!!!』
『きゃ~本当?うれしいっ
どこどこ?』
『上山です』
『私、鶴岡っ!』
すごい偶然・・・・・(笑)。同郷だと盛り上がりも、急上昇(笑)。
まだお若いので、宝石には無縁らしく・・・・・
彼氏さんの顔を覗き込みながら、おねだりを促す・・・・。
『彼に買ってもらうのもいいけどね・・・・・・・・・
』
私は、もともとお客さん出身でした。
車屋さんの営業マンで、たまたまグループ会社の東京第一インでイベントをしていたところに、のぞきに行きました。
初めて素敵、と思ったのはいまだ大好きな『パライバトルマリン』。
南の海を閉じ込めたような・・・・美しい、海の色。
一生に1個持つなら、これ・・・・。
でも、まだまだ持つには早い。
営業マンとしては未熟だから。
そんなかっこつけたことを言いました。
当時、周りの女の子は、仕事命!!なんて子は全然いませんでした。
私は18歳から、外回り、休日出勤あたりまえ、連休は2日以上はなし。セクハラに耐えながら、男の人と肩を並べて仕事をしていました。
彼氏より、仕事!一人前になるのが先!!!!
『俺と、仕事とどっちが大事なの?』
『・・・・・・・・・・。』
それって普通、女の子(私)が発する言葉だよね
当時の彼に、そんなことを言われたりもしてました(笑)。
仕事を頑張る=いい奥さんになれる
という、漠然とした持論がありました。
最終的に、やっぱり結婚。
幸せな結婚のためには、だんな様の辛さ(一生家族を養っていくために)、仕事における、それを身を持って知る必要があると、考えていたからです。
ある程度、学校で、考える力をつけた後、人間はどう磨かれるか???
『人は人によって磨かれる』
そこには、18歳の18歳なりの・・・・思いがありました。
だから、営業という世界に身をおくことは、私にとって一番必要なはずだと思っていました。
でも・・・・その状況の中の自分に酔っていたのかもしれません。
人より頑張ってるんだし、少しくらい・・・・。
そういう甘えがあったかもしれません。
『宝石をご褒美で持つのもいいよ、でも、ご褒美は頑張ったらもらえるけど、もらえなくてもいいなら、頑張らなくていいってことになるでしょ?』
『そしてどこまでを頑張ったっていうのか?そこに限界を作ってしまうのも、自分の成長が止まっちゃうんじゃない?』
『終わりにもつよりも、始まりに。その宝石が似合う女性になろう、恥ずかしくない、見合う女性になるべく持つほうが、きっと素敵に持てると思う。』
『逃げてる部分はない?自分の中に』
衝撃的でした。
一気に恥ずかしさがこみ上げました。
そして、涙が止まらなかったんです。
言われたとおりだったから、そういう格好の悪い自分を見て見ぬふりをしていた私が・・・
情けなくて、悔しくて、恥ずかしくて・・・・・。
私はそんな格好の悪い自分に決別したくて宝石を買いました。
パライバトルマリンのリング。
人間は落ち込んだときに、うつむきます・・・・・。
そのとき、視界に入るように・・・・。
あの時の悔しさを情けなさを、忘れないように・・・・・。
そういう自分に決別しよう、甘やかすのをやめよう。
そういう気持ちで買いました。
その宝石に見合う女性になりたい。
恥ずかしくない自分になりたい。
自分を変えたくて、必死でした。
そのせいか、半年後、直属の部長よりも高い数字を残す事ができたのです。
そして、会社を辞めました。
最後に言われた言葉は・・・・・
『いったい何が不満なんだ?』
です。
『不満なんてとんでもないです、部長には心から感謝しています。ありがとうございました。』
と答えました。
部長の娘さんと私は同い年。
娘同然にかわいがって・・・とはいかず、『ガキ』扱いがみえみえ。
しかり方といえば
『目つきが悪い』
『生意気に口を返すな』
手柄を上げれば
『俺が育てた』
問題が起きれば、
『この子がご迷惑をかけて・・・まったく!!』
取引先相手に、濡れ衣をきせられる。
すばらしい、反面教師でした。
その分今の会社の上司が厳しくても、ありがたく受け止めることができたんですけどね(笑)。
そして見た目も大きく変わったのでした。
展示車を洗っていた日に焼けていた手は、指輪が似合わず・・・・(笑)。
お給料3か月分の指輪が泣くなぁ・・・・(笑)。
そうして、日焼け止めを塗り、マニキュアも・・・・。
手だけきれいになってしまい、ろくにお化粧もしなかった私が、お化粧をはじめ・・・・
一気に綺麗でいる事に目覚めました。
数字も、見た目も、そして人生さえも変えた宝石だったのです。
金額の問題ではなく・・・・・・
私にとって一番大切で、かけがえのない宝石でした。
その指輪を・・・・いづれ出会うであろう娘に譲るのが、私の中での夢でした。
こうやって、お母さんは頑張ったから、あなたにも頑張ってほしい。
でも残念ながら、そのリングは、私からいなくなってしまったんですけどね(笑)。
お読み頂き、ありがとうございます(・∀・)