4月30日、新疆ウイグル自治区のウルムチ南駅で爆発事件が起こりました。報道によれば、中国の警察当局はウイグル独立派組織「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」が関与していたと発表した、とのことです。
中国では同様の事件が頻発しており、予断を許さない状況になっています。これを単なる中国の国内問題と捉えると、問題を矮小化してしまうことになりかねません。
ここでは、弊誌2013年12月号に掲載した、作家の佐藤優氏のインタビューを紹介したいと思います。(YN)
「中国を震撼させるウイグル問題」より
「世界ウイグル会議」はテロを否定しているものの、中国政府当局は国際組織「東トルキスタン・イスラーム運動(ETIM)」の干与を示唆するなど、ウイグル族による「テロ」という立場を崩していない。イリハム氏が指摘する通り、中国当局による情報統制の可能性は否定できないが、現在入手できる情報から、われわれ日本人はウイグル問題をどのように考えるべきか。佐藤優氏に話をうかがった。―― 情報が極めて限られているのだが、今入手できる情報から、天安門での爆発事件をどのようにとらえるべきか。
佐藤 テロを否定するウイグル族の皆さんの立場はわかります。しかしわれわれ日本人は、第三者として希望や願望を交えずに、手元にある情報をもとに、あらゆる可能性を考える必要があります。作業仮説として、今回の事件がウイグル族によるテロとして考えた場合、それが日本にとってどのような意味を持つのかを考えておくことが大事です。
歴史を振り返っておくと、ウイグルを含む中央アジア地域はかつて、大きく「トルキスタン」、すなわち「トルコ系住民の国」と呼ばれていました。中央アジアは、スターリンの民族政策によってウズベキスタン、カザフスタン、トルクメニスタン、キルギス、タジキスタンと分割されました。20世紀前半、ウイグルは東トルキスタン共和国として、中国とソ連に挟まれながら、両方の影響を脱して独立を維持しようとしましたが、結局、中ソの政治的駆け引きの中で、新疆ウイグル自治区として現在の中華人民共和国に組み込まれました。
この歴史を踏まえて、大きく三つの思想潮流を検討しましょう。第一は、アイデンティティーをトルコ(チュルク)の血と歴史に求める「大トルコ主義(汎チュルク主義)」です。これはオスマン=トルコ帝国の回復という理念をベースとするのですが、当然、「大トルコ主義」が成立するためには現在のトルコ共和国が旗を振らなければ現実化しない理念です。実際、今のところトルコ自体が今回のテロに表立って反応していないことから、「大トルコ主義」の影響は排除して考えて良いと思います。
第二は、ウイグル民族のナショナリズムです。「東トルキスタン共和国」は漢民族の支配に抵抗を続けてきたのですが、それが従来のウイグルの独立運動の源流です。
第三は、イスラームをアイデンティティーとする思想です。これはアルカイダなどのいわゆるイスラーム急進主義者と連携する可能性があります。ウイグルについての基礎的文献として王柯『東トルキスタン共和国研究』(東京大学出版会)を挙げておきますが、これは世界的にもきわめて高い水準にある研究書です。ここで、王柯氏は次のように述べています。
《中国からの独立を目指す民族運動として、東トルキスタン民族独立運動は、チベット独立運動・モンゴル独立運動とともに、近代中国におこった三代民族問題である。しかし、チベットとモンゴルの問題に比べ、東トルキスタン民族独立運動はまったく異なる様相を呈していた。
清朝が間接統治政策をとっていたため、チベットはチベット法王・王公、モンゴルはモンゴル人王公によって統治され、何らかのかたちで清朝末期まで民族の自治を保っていた。つまりこの二つの地域では、民族社会が地域社会と一致し、現地の住民が一つの共通の政治的単位となってきたのである。(中略)
チベットやモンゴルとちがい、新疆では一八八四年に中国の内地と同じ省制が敷かれ、それ以来そこに住むトルコ系イスラーム住民は中国中央政府によって直接支配されてきた。そのため、民族社会が地域社会と一致せず、トルコ系イスラーム住民は、二重の社会構造の下で出身地法と出身民族によって異なる政治単位となっていた。
しかしそれにもかかわらず、東トルキスタン民族独立運動は、なお大勢のトルコ系イスラーム住民を結集させ、中国の支配を崩壊させて民族国家を樹立することができた。その理由は、東トルキスタン民族独立運動の担当主体が共通したイスラーム信仰をもっていることにあった。カーフィル(異教徒)に対するジハード(聖戦)というものが、イスラーム教徒の義務として強い求心力を持っていたのである》
今回の事件がウイグル族のテロだとした場合、その主たる動機が民族ナショナリズムによるものなのか、イスラームによるものなのかを見定めることが重要です。もしかしたら、事件そのものが民族ナショナリズム的なものとイスラーム主義的なものと、まだ未分化の可能性もありますが、今後を占うのは、ウイグル族と中国の回族、キルギスのドンガン人との関係です。回族もドンガン人も、民族的には漢人であり、宗教はイスラーム教です。ウイグルが民族的自立を求めるのならば、回族、ドンガン人も支配民族の漢人として敵視することになるでしょう。一方で、イスラームという基盤で独立を目指すのならば、民族の差異を越えて、彼らとは連携することになります。(以下略)