ローリング・ストーンズ野郎の雑記 -139ページ目
ローリング・ストーンズに関する雑記とその他
 

いつのころからか、僕のけもの道上に出現したタイ式ワンタンチャーシューメン屋台。

奥さんがちょっとカワイかったので通りすがりに一杯注文してみたところ、メンもワンタンも見るからに真っ黄色のゴムみたいなので「どんなものか」とアセったのだけれども、これがまあ、メンも固すぎず、鶏ガラのスープもしょっぱすぎずに、なかなかだった。
ただ、旦那さんの体調不良で配膳専門のカワイイ奥さんが作った日には、その限りではありませんでした。

そのラーメン屋台が、ある日をさかいに突然、ソムタム屋さんに変身していたことには驚いた(下写真)
ガイジンうけするウス味ラーメンを売るよりも、東北地方出身のお客さんを中心に安定した売上を維持できる辛口パパイヤサラダのほうが生計が安定するのかも知れません。

今は旦那さんが配膳役にまわっています。

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僕の1971年来の阪神タイガース応援史には、世紀の大転倒というのがある。

常勝ジャイアンツの圧倒的な強さに陰りが見えはじめ、夏場をむかえても6球団総出演の大乱戦が続いていた昭和48年。
夏休みのど真ん中でラジオ中継にかじりついていた甲子園球場の阪神vs巨人戦で、9回表ツーアウトで黒江が打ち上げたセンターへの凡フライを、池田がなんとスッテンコロリンして巨人に逆転負け。

「あそこで池田がズッコケなければ、最終的には阪神は0.5ゲーム差で優勝していた。21年間も優勝から遠ざかることはなかった」

などと85年までの12年間も云われ続け、池田選手当人も悪質なトラキチから何かとイヤがらせを受けていたのだそうです。
転倒負けからシーズン最終戦まで2ヶ月以上もあったというのに。

野球とサッカーでは方向性も違うけれども、今日はお仕事場の出入りのタイ人業者がワールドカップの結果を、

「もし、あそこでコマ…」(タイ語では「ター」)

と言い出したので、僕はギロッと睨みつけて話のこしを折ってさしあげました。
このテのタイ人さんたちのタラレバは、勝ち金配当が一転して負債を背負ったためのタラレバでしかない。

もちろん、僕のまわりでは、日本vsパラグアイ戦を「イット・ワズ・ザ・グッド・ゲイム!」「ノット・バッド・アット・オール」と感に堪えない面持ちのタイ人さんやスウェーデン人さんたちのほうが圧倒的に多かったことを、書き加えておきます。
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写真の少年こと、11歳のルーカス・モラッドくんは、何人目のおこさんになるのかはわかりませんが、ローリング・ストーンズのフロントマン、ミック・ジャガーの子息なのだそうです。

そのルーカスくんが南アフリカでワールドカップを観戦中のお父さんと合流するためにブラジルを旅立つ時に、下着モデルのお母さんはずうっとサッドだった。

というお話が、ゴシップさじきにあがっています。
お母さんはホントは自分がワールドカップみれないことに泣いていたりして。

Lingerie model sadly sends son to join dad Mick Jagger (「ニューヨークポスト」6月29日)

↓はミック・ジャガーの「OMG」がきこえてきそうな、イングランド戦観戦。
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習慣とはオソロシイもので、40度の熱で頭から布団をかぶって寝こんでも朝5時30分にはパッチリ目がさめてしまうのは、「ゲゲゲの女房」

ゲゲゲのドコにそんなにハマっているのかというと、紙芝居やマンガを書いても書いても、下駄をあずけているところが傾いたり倒産したりでなかなかおカネが入ってこない水木しげる家(ただし、 昭和30年代後期まで)の、悪性スパイラルに一種の自己レンビンのようなものを見出してるのかも知れません。
しかし、ドラマは、伝説の青年漫画誌「ガロ」が創刊されて、いよいよ陽の目をみるところにさしかかっています。

ただ、水木の場合は単におカネのためだけにシャカリキにしていたのではないことは氏のエッセイ類を読んでみてもわかるのだけれども、売れっ子マンガ家になればなったで今度は仕事を減量してしまったところが、常人と凡人には考えられない水木サンの妖怪ぶりなのかな。

↓左はマンガ版自伝 、右は活字版自伝 (「日本経済新聞 私の履歴書」連載の改稿?)、どちらもおもしろすぎ。

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