
昭和40年代の芸能情勢はほとんど知らないのですが、
・ナベプロ、ホリプロにあらずは芸能人にあらず
みたいな空気の中で、営業力が強大ではない芸能会社の歌手でも大手をふって出演できるように、と始まった歌番組というよりも情報番組だったんですよね?
ざっと、記憶に残ってるところでは、
・世良公則&ツイスト、7千人「宿無し」
・初出演松山千春の大演説で、遅れてやってきた山口百恵歌えず
・甲斐バンド、水割り片手中継
・松田聖子、「おか~さ~ん」
・松任谷由実、おそるべきミニスカ
・忌野清志郎と教授のキッス
と番組スタート後の数年、中森明菜がまだデビューする前のころなんですが、甲斐、ユーミン、清志郎の出演時エピソードは紹介されていません。
番組隆盛時の思い出話よりも、なぜ、番組が終わったかの回想に興味があったけれども、元号が平成に代わった1989年といえば、すでに歌謡曲、ニューミュージックはほとんど聴いてなかった自分を思い出しました。
↓次の帰国の時に、いちじるしく値崩れしていたら買ってしまうカモ。