家の人間がやぶからぼうに「日本の映画を見に行こう」と言うので、何かと思えば、「ALWAYS三丁目の夕日」がバンコクで劇場公開。
堤大暴れの原因が「自転車修理」と「自動車修理」の読み違いのシーンは翻訳字幕のマズサもあったのか、タイ人観客の反応はイマイチ。
その一方、カタギ小雪や貧乏作家吉岡の過剰演技は、ウケまくり...
しかし、空襲で妻子を失った悪魔医者友和が、「娘に食べさせる」と焼き鳥を買って帰るシーン。
集団就職堀北は「クチべらしで家を追い出された」と思い込んでいても、実は母親は常に娘を案じているシーン。
そうしたシーンは、けっして、お涙頂戴的な大袈裟な演出ではないのだけれど、涙もろいタイ人さんたちが平然としていられるわけがない。
タイでは「集団就職」は現在でも普通にあるし、生み捨ての親もゴマンといるし、一族郎党総出で電化製品を買いにいく人たちもまだまだいる。
タイ人ではない僕も、「菊次郎の夏」的に陰気くさい男の子が母親をたずねに行くシーンでは、小学生時代の友達のことを思い出した。
友達がお母さんに会いに行くというので、僕は泊まり支度をして同行したのだけれど、「何しに来たの?」と歓迎されなくて、友達も僕も日帰りUターン。
あの時のトホホ感は、二人ともオッサンになった今でも、共有財産です。
僕は「ビッグコミックオリジナル」を開くときは、「あぶさん」をスルーすることがあっても、原作マンガは毎回読んでいる。
古今東西、「原作がイイと映画はダメになる」とか「映画はイイけど、原作はペケ」と云われることが多いけれど、NHKは「三丁目」の日本公開時に「昭和30年代をクローズアップ」と紹介していた。
実際に、堤と薬師丸の息子が「あの夕日が50年後もあるといいね」とつぶやくラストシーンでは、僕は「ガキがそんな先のことを考えるか?」と脱力させられたけど、映画の主題は、よくありがちな「昭和30年代、あのころは良かった」などという妄想ではなく、「心の絆」ということだったのか。
良い意味で、裏切られた映画でした。
