近江八幡市

戦国時代から江戸時代にかけて商業が大きく発展を遂げた。その発展の牽引役となった主だった商人には近江出身者が多かった。

 

彼らは、「 売り手よし買い手よし世間よし」いわゆる「三方よし」の精神で近江に本拠地を置き日本中を行商しながら需要に合わせた商いをした。

 

近江の中でも出身地別に八幡商人、湖東商人(五箇荘商人)、日野商人、高島商人、長浜商人…と呼ばれる。今回はその中のひとつ近江八幡市を訪問してきました

 

 

日牟禮(ひむれ)八幡宮

近江八幡市の地名にもなった八幡宮です。1000年以上の歴史を誇る。近江商人の守護神です。

3月の左義長祭(終わったばかりだった)と4月の八幡祭で知られる

 


 

 

寶暦12年(1762年)の文字が見える。江戸中期です

 

 

白雲館

八幡神社鳥居の向こうに見える建物は、明治10年に八幡東学校として建てられた。立派な建物です。建築費6000円の大半は寄付で賄われた。

 

今は観光案内所となっている

 

 

八幡堀

八幡堀は、豊臣秀次(秀吉の甥)が八幡山城築城時に造ったものです。城防御の軍事的な役割だけでなく、琵琶湖とつながっているために物流の動脈として商業的な役割に大きく貢献した。

 

白壁の土蔵や旧家が立ち並ぶ風景は時代劇のロケ地としても知られている。

八幡神社の前の白雲橋の上からの風景

 

 

明治橋の上からの景色

 

 

屋形船による堀めぐりが人気です

 

 

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ 像

建築家、社会事業家。

明治38年に八幡商業高等学校の英語教師として来日し、昭和39年に83歳の生涯を終えるまで彼は近江八幡市に留まった。

 

近江八幡市をこよなく愛した。市の名誉市民第1号

 

「新町通り」の稿へ…

- つづく -

歩く歩く歩く

 

 

 

初々しい桜

 

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