完成した人間ほどつまらないものはない.価値観や人生観,世界観と言うものが全く完成してしまって固定されている人間とは,話していてぞっとしない.




この年にもなれば,ある程度完成したものの見方も備えていなければならないといわれる.そういうものがない人間は成人として完成した人格を持っていないものとみなされてしまう.まだ十分な人生経験を積めていない子供であるといわれてしまう.しかし,「これはこういうものだ」,「それはそういうものだ」,とすっかり割り切ってしまっている人はつまらない.話していても甲斐がないからである.




この世に明確な正しさなど無いのだ.これを理解していなければ人として成長することはない.そして成長ないもの,完成しているものは,すっかり老いてしまっている.つまり,もはや新鮮味と言うものは損なわれ,魅力を失っている.対して,成長するもの,変化するものは非常に魅力的だ.未完成の芸術品を見るとき人はその先に無限の可能性を見る.文学作品の主人公の多くに青年が選ばれるのもこれが理由であろうと思われる.




さて,我が身を振り返ってみるに,私はかなり固定したものの見方をしている.これはある程度仕方がないことである.今まで生きてきた歳月は完成した考え方(先入見)を持つようになるには十分に長いものであったからだ.




この先私に成長はあるのか? 変わりたいと思うことが,まずは大事なのではないかと思う.