流氷館、網走監獄、網走ザンギ丼、サンゴ草の街 網走市(2) | 北海道の凡人生活

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次は網走監獄です。
過去に何度か訪れてますが、すっかりどんな所か忘れておりました。
西南戦争で多数の国事犯が発生し、本州の過剰拘禁を解消するため
北海道に刑務所を増やすことにしたそうで、その1つが旧網走刑務所
だったそうです。

旧網走刑務所として機能していたものを天都山に復元したものがこの
網走監獄です。展示物にはレプリカと移築したものが混在していますが、
地図には区別して掲載されてます。

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鏡橋。網走川を模したお堀があります。
「川面に我が身を映し、襟をただし、心の垢をぬぐいおとす目的で岸に渡るように」
出所する際、そういう気持ちで出て行くのですね。


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橋を渡ると入場広場と正門があります。


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庁舎。刑務所長室、会議室、総務課、戒護課、用度課、作業課があります。

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職員官舎。


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醤油や味噌を始め食べ物は自給だったそうです。日帰り出来ない作業をする
場合、監獄ではなく、休泊所で寝泊りしたそうです。これ以外にも当時、南下政策を
とるロシアの脅威から、日本を守るという軍事上の理由から北海道の開拓は急務で
その労働力に囚人をあてたそうです。



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二見ヶ岡農場。ここには食堂や炊事場、浴場があります。


そしてお待ちかね、五翼放射状舎房です


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雑居房は収容定員3~5人で126室あり、部屋の広さは、畳6枚敷、
独居房は収容定員1人で100室あり、部屋の広さは畳3枚敷、
雑居房、独居房合わせて226室で構成されています。

脱獄王の異名を持つ五寸釘寅吉なる人物が網走刑務所に収容
されていたそうです。※網走ではおとなしくしていたらしいです

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離れた別棟に浴場があります。
網走刑務所では、明治45年にコンクリートの浴槽に蒸気で湯をわかす近代的な
浴槽を作りました。

作業場ごとに15人ずつが、看守の号令のもと、脱衣に3分、第1槽入浴3分、
洗身3分、あがり湯の第2槽入浴3分、着衣に3分というように、脱衣から着衣
まで15分間で効率よく入浴しましたが、1日に入浴できる人数は200人程度
だったそうです。

この時代の監獄則では、6月から9月まで月5回入浴、他の月は1回入浴と
定められてたとの事。

開拓には多くの犠牲者が出たそうです。このあたりの開拓の半分は囚人の手に
よるものだとか。感慨深いですね。

続く