レコード芸術
1970年7月号 7
当時のレコ芸はスタッフも多かったのでしょう。いろいろな企画が並行して掲載されていました。これもその一つで、日本の演奏家を取り上げたシリーズです。本来なら姉妹誌の「音楽の友」で連載されそうな企画です。今更ながらこんな記事が当時掲載されていたとは知りませんでした。この号で取り上げられているのは指揮者の山岡重信氏です。実はこの年の3月の名フィルの第6回定期演奏会で登場していました。氏は1967年、第1回民音指揮者コンクールで第2位に入賞し同年年プロデビューしています。ちなみに、この時の優勝者は手塚幸紀氏でした。
グラビアと共に対談記事も掲載されていました。
この1970年にはイーゴリ・マルケヴィッチも来日していました。この1970年は日フィルとは学研カペレとコンサートホールに録音をしています。ただ、マルケヴィッチが読響と東芝に録音したという情報は確認できませんでした。本当にこんな音源あるのでしょうかねぇ。
若杉弘はビクターにこの年、團伊玖磨の「夕鶴」を録音しています。
この時代チェロの徳永健一郎はN響メンバーとこんなレコーディングを残していました。彼は東京八重奏団のメンバーとしても活躍していました。
全く関連性もない話題でしたがパリ管は当時バーンスタインとも録音していました。その関係でこの記事も掲載されたのでしょう。バーンスタインはこのパリ管との録音をEMIに残していましたが、レパートリーの問題でカラヤンとの録音契約の前に破れたということでしょう。なかなか興味深い会見の内容です。
その関連かも知れませんが唐突にこんな記事も掲載されていました。作曲家である辻井栄世氏の流行に左右されない個性的な「幻想交響曲」の解説はなかなか読み応えがあります。ここではカラヤンもバーンスタインも登場しません。
幅広いジャンルを取り上げているレコ芸はこの時随筆家の「林謙一」氏と落語家の「柳家小三治」氏のエッセイを掲載しています。とくに小三治氏の「チコンキからステレオ」はさすが落語家という面白さです。
レコ芸はポップスにも門戸を開放していました。まさにレコードならなんでもござれでした。そんなことで、ポップスのない日アーティストも取り上げていました。1970年は万博の年でしたから再来日組も含めて賑やかでした。シタール奏者のラヴィ・シヤンカール、アンディ・ウィリアムズとオズモンド・ブラザーズ、そして「ウェストサイド・ストーリー」のジョージ・チャキリス、そしてビリー・ヴォーン楽団が来日しています。
そして、音楽之友社ですから自社の出版物の告知も忘れていません。ベートーヴェンの生誕200年にはこれだけの関連本が発売されていました。