レコード芸術
1970年7月号 3
この年当時の松下電器と日本ビクターとが、合弁で「日本ホフォノグラム社」を設立しています。その合弁比率は、松下とビクターが60%フィリップスが40%で日本側に主導権があるものになっていました。6月中旬から独立して歩み始めています。
この頃は、まだチェリストとしては、推しも押されぬ存在であったロストロポービッチですが、そろそろ指揮にも触手を伸ばし始めていました。
このパカラヤンに風貌が似ているのは、ドイツグラモフォンのレコーディングプロデューサーとして活躍していたオットー・ゲルデスです。まぁ、カラヤンの板ドイツグラも本ですから、指揮者としてはほんの数枚のアルバムを出しただけで消えていってしまいました。もし彼がRCAにいたら、それこそひょっとすると、トップ指揮者の仲間入りをできたかもしれません。まぁ、自分としては、この当時RCAにチャールズ・ゲルハルトがいてくれてよかったんですけどね。
ドイツグラモフォンは1970円年のベートーベンの生誕200年祭に合わせて、こんな豪華なトリオのベートーベンのピアノ三重奏曲を録音していました。まぁ、これだけでも1つの目玉的存在ではあります。ただ、このトリオがそんなに活躍した記憶はありません。
CBSソニーはこの号はバーンスタイン一本で広告を打っています。そしてよく見ると、各ページの頭にはバーンスタイン公演に全国1000名様ご招待と言う文字が小さく記載されています。とにかくこの年の万博の8月から9月にかけての最終大物登場ということで、バーンスタインニューヨークフィルの公演は目玉でもありました。その機会を最大限利用しようと、ソニーは、こういう広告の打ち出しをしたのです。この公演の招待は東京、大阪、そして福岡の三カ所だけで名古屋は蚊帳の外でした。
まぁ、新譜といっても再発売が結構含まれています。まさに日本的なレコードの販促です。
1970年の公演で演奏した曲目はマーラーの交響曲第9番、ベルリオーズの幻想交響曲、そして、ベートーベンの交響曲でした。
この当時の交響曲部門の執筆は、まだ村田武雄氏でした。これら大量に発売されたバーンスタインの交響曲作品ですが、推薦盤となったのは最も得意としているマーラーとショスタコーヴィッチの作品だけでした。カラヤンに比べてバーンスタインはまだそれほど売れる指揮者ではなかったんですなぁ。他はすべて推薦から外れています。当時は、こういう評価を基準にしていましたから、一読者としてはバーンスタインのレコードはほとんど注目の対象外でした。
さて、グラモフォンが打ち出したのは当然ながらカラヤン/ベルリンフィルです。ただ、この号での打ち出しはカラヤンのブラームスでした。まあ、ADFディスク対象を受賞したというのもありますが、新譜ではありません。新譜は全く関係ないハイドンのオラトリオ「天地創造」でした。
ほっといても売れるカラヤンに対してグラモフォンはリヒテルの来日記念盤を10点発売しています。ピアニスト界においてはグラモフォンはケンプをひたすら押していました。ただ、抜きん出る存在ではなくやや地味な存在でした。そこで急遽力を入れたのがこのリヒテルでした。ただ、RCAがリヒテルと表記しているのになぜかグラモフォンは「リフテル」と表記しています。なにか戦略でもあったのでしょうか。よく見ると、モーツァルトのピアノ協奏曲のところでは「リヒテル」と表記していて意思が統一されていません。しかも、レコ芸自体は「リヒテル」で統一しているのでこの広告は浮いています。
クララモフォンのこの月の広告はこれだけです。大物は全て全集です。まさにボーナスセールに的を絞っています。別立ての広告では全国の特約店のリストを掲載していて、全集はそちらで購入してくださいねと告知しています。当時、毎月のように特約店のリストを広告で告知していたのはこのグラモフォンだけでした。個人的には当時アンチカラヤンでしたからこのベームのモーツァルトの交響曲全集は羨望したものです。22,000円なんて大金はありませんから、個人輸入でイギリスから輸入しました。多分10,000円ほどで購入していたはずです。
つづきます。