「美味しい」という言葉ほどあやふやなものはありません。
味覚というのはもちろん感覚であり、それぞれの食生活や、関連するもろもろの生活体験に根差すものです。ですから、美味しいとか、不味い、という他人の評価は、相当に個性的なものだと考えるべきです。

私はあえて美味しい料理店、というような言い方はしません。
良店と言います。
では、その「良い」という基準は何かということです。

私は四つの条件があると思っています。
一つ目は、コストパフォーマンスです。
二つ目は、お店自体が持つ佇まいです。
三つ目は、接客のレベルです。
四つ目は、料理人の料理に対する情熱です。

分かりにくい言い方をすれば、この四つの条件が満たされたお店で食事をすれば、自分の嗜好に反するジャンルや料理を選択しない限り、お店を出たとき「ああ美味しかった」と呟くのです。

では説明していきましょう。

一つ目は、コストパフォーマンスです。
これは値段と価値が釣り合っているか、それ以上であることを意味します。
この値段でこれだけの料理に仕上げているのはすごい、というような場合です。
料理に限らず、一般的にコストは、一定の狭い幅に収まります。従って商売の常識に基づき、その値段(商品やサービスの価格)もおのずと一定の狭い幅に収まるわけです。

コスパが悪いとは、コスト的に幅の下限に近いところかそれ以下で調達しながら、値段は上限に近いところやそれを超える設定をされている場合です。
コスパが良いとはその逆です。

家庭料理とは異なり、外で「商品としての料理」を食すという場合は、財布の大きさがが限られているわけですから、必然的にコスパを求めるわけです。

二つ目は、お店自体が持つ佇まいです。 
これはなかなか表現しにくいものですが、門構えや内装、食器から什器などお店自体が全体として醸し出している雰囲気というのでしょうか。お店の人たちの料理に対する真摯な姿勢がうかがえる、凛とした雰囲気のあるお店です。
良い料理を出してくれそうな予感を感じさせる店、とでもいうのでしょうか。

これは単に清潔であるとか、おしゃれなデザインであるとかいうようなことを意味しているのではありません。

ある程度食べ歩きをしている人には直感的に理解できることでしょうが、私は知らない街で情報がないときでも、門構えだけでかなりの確率で良店に巡り合うことができます。勘が働くのです。

また一般雑誌で紹介されている料理屋さんでも玉石混淆なのは当然ですが、私は雑誌の誌面からでも本当の良店を見抜くことができます。ちなみそれらに載っているお店で本当に良いお店はほとんどないのが実情です。

もし雑誌から情報を得るならば、媒体を選ぶべきで、大阪なら「あまから手帖」がかなり信頼できる媒体です。

三つ目は、接客のレベルです。

食事をするとき、どのような雰囲気の中で食べるかということがとても大切になります。接客が大切だとはよく言いますが、何くれとお客さんにかまえば良いわけではありません。お客さんの様子を注意深く観察し、時には放っておくことも含めて接客です。

ときどき妙にお客さんに、威嚇的な雰囲気や緊張を与えるタイプの店主がいますが、論外だと思います。特に東京の名店といわれるお店には時折見かけますが・・・

良い接客とは、お客さんがどのような状態でいま食事をしており、何を望んでいるかを細やかに観察しながら、絶妙のタイミングで料理を出し、話しかけるような心配りができる、ということです。

最後は、料理人の料理に対する情熱です。
和食でも、洋食でも他のものでも、料理にはそれを作った料理人の情熱が投影されます。
単に目新しいとか、創意工夫に富んでいるとかいうことだけでなく、料理に対する真摯な思いが伝わってくるような一品が料理人の真骨頂でしょう。

食とは大げさに言えば、「舌の快感」にとどまるものではなく、身体全体で感受する総合芸術といってもよいかもしれません。

良い料理人に、アーティストの魂を感じるのは私だけでしょうか。