2月10日は、グループの安全の日とされており、安全大会が催された。
プログラムをみていて、少し興味があったのが特別講演「一流の習慣術~スポーツから学ぶ安全安心」、
講師はパーソナルトレーナーの奥村幸治さんは、1993年にオリックスに打撃投手として入団して、
イチローの専属打撃投手となり、日本最多安打210安打に貢献しイチローの恋人と紹介されていたらしい。
その後、阪神、西武に移籍し、少年野球チーム宝塚ボーイズを結成し、監督になり教え子に田中将大がいる。
カル・リプケン12歳以下世界少年野球大会で全日本の監督を2009年より勤めて、
2011年に世界を達成した経歴を持っている人。
話の内容の構成は、イチローのすごさ、日本の野球とメジャーリーグの指導方法の違い、
今の田中将大がいる理由はとかなどを交えながらの講演だった。
オリックスの監督が土井監督だった頃と仰木監督に変わった瞬間の話をされた。
まず、この講師の奥村さんの話し方がとてもわかりやすく興味津々のないようだった。
土井監督の頃の話を聞くと選手も窮屈な思いをしてやっていたから、あんな成績だったのかもしれない、
試合終了後2時間30分後には宿舎に帰っていなければならない、
移動中はみんなお揃いのスーツを着て移動すること。
雑誌を読んではいけない、音楽を聴いてはいけない、宿舎では門限もあった。
要するに君たちはプロ野球選手なんだ、
だから日頃からみられている自覚を持って行動するするようにと言われていたらしい、
それが、仰木監督に変わった瞬間に、君たちはプロ野球選手なんだ、ここまでは土井監督と同じだが、
その後に続く言葉が、だからグラウンドの上で結果をだせば何も言わない、規則で縛り付けることはしない、
門限もなくすしプライベート自由にしろ!と言ったらしい。
奥村さんとパンチ佐藤・田口が飲んで2時頃に宿舎に帰ると、仰木監督がロビーにいたらしく、
さすがに気まずいなあと思ったら、
仰木監督は「俺も今帰ってきたんだ、お休みと!」自分の部屋に向かったらしい、
その時にパンチ佐藤に向かって、門限あるとわしが遊ばれへんがなあみたいな言葉を言ったらしい、
オリックスの選手は、束縛されなくなり精神的なものが変わっていったのはいうまでもないが、
そんな指導者がさらに選手たちの意識を変えたのが、仰木監督は監督在任中に欠かさなかったのは、
毎日誰よりも早くグランドに来て走るということらしいが、
これを毎回見かける選手たちの意識がかわり、束縛はなくなり自分たちは楽になり、
尚且つ監督自体が試合前に、試合に向けて準備をしているじゃないか、
だから自分らもと選手の士気を、その後姿で選手に知らしめたらしい。
言うまでもなくその後のオリックスの躍進は目を見張るものだったのは記憶している。
だから人との運も大事だぞということで、チームがこうなるとあえて何もする必要はなくなるので、
指導者は楽な状態になるだろう。
後は土井監督時代は、コーチに反抗したイチローは4日だけ1軍を経験しただけだが、
仰木監督になって言われたのが、今年何があろうとお前を1番で使い続けると言われたらしい。
これもイチローが引き寄せた人との運なのか?
土井監督時代にイチローのバットの握りをみて、
コーチがデッドボールが当たったら骨折するぞ!と忠告されたらしいが、
イチローはそんなところに当たらないようにすれば良いんじゃないんですかと言い返したらしい、
コーチの言うことをきかないような選手はいらないみたいな感じで、
正当な理由がないまま2軍落ちになったそうだ。その1年後に仰木監督にかけられた言葉、
これで奮起しない訳にはいかないだろう。
イチローの野球への取り組み方についても話があり、すごく興味深かった。
イチローが2軍で奥村さんが1軍のバッティングピッチャーという時期、
1軍の試合が終了して尞に帰るのが、10時過ぎで隣のイチローの部屋に行っても寝ていたらしい。
しかし、深夜に屋内練習場から打球音が聞こえてくるらしい、イチローがバティング練習をしてそうだ。
たまたまその時は何時間にも及んだらしい、質問してみると僕には課題があってそれに満足できたのが、
その時間であって最初から何時間練習しようという考えはないといったらしい、
奥村さんはこれをひとつ年下のイチローが言ったのを聞いて、おまえ大人やなあと思ったらしい。
奥村さん曰く、調子の悪い選手に投げようかと聞くと、お願いしますと言い特打ちをしたりするけど、
イチローは絶対にそれをしなかったらしい、なぜなら毎日それをしているなら良いけれど、
調子が悪いときにだけそれをするのが嫌だからと答えたらしい、
それをしない代わりに、早く明日をしたいという気持ちを持ち毎日送りたいという考えを持っている。
イチローも人間であり、努力をしていなければこれだけの成績をあげれないし、
どんな人でも頑張って努力をしていれば、何らかの形になるだろうということだろう。
WBCでイチローが試合を決めた一打を打ったときの話を聞くと、
チームメイトであった日本選手にかなりの影響を与えていたのは間違いないし、
あれだけ調子を崩していたイチローが試合を決めたのには、
隠れた理由があってそれをしっかりと見ていたのが4番を打っていた日本ハムの稲葉であり、
稲葉から話を聞いた奥村さんは、それをみていた稲葉選手もすごいよと言ったらしい。
イチローの話が大部分を占めていたが、この時点で自分に息子がいてて野球をしたいと言ったら、
この奥村さんに預けたいなあと思った。
野球が好きで、野球以外のこともしっかりと子供たちに指導してくれるだろうなと思ったから。
こんなに楽しい講演初めて聞いたと思う。
宝塚ボーイズの教え子に楽天の田中将大いるが、最初の練習の時に泣いていたらしく、
どうしたんだ?と聞くと、グローブを忘れたから泣いていたそうです。
そこへ大急ぎで自転車でグローブを届けにきたお父さんが表れたらしい。
奥村さん曰く、今の田中があるのは駒大苫小牧に行ったからと言って過言ではないと言っていた。
このエピソードを聞いて、今時こんな感じの野球部があるのか?監督がいるのか?と思った。
実は大阪の強豪校に進学が決まっていた田中、しかしその話がなくなってしまい、
奥村さんに連れて、駒大苫小牧に練習の見学に行ったらしく、田中が帰り支度をしていると、
監督に言われるでもなく、当時のキャプテンで現駒大苫小牧監督が田中の前へ全部員を集め、
田中に向かって、僕らと一緒に野球しようよ待ってるよと声をかけてくれたそうだ。
その帰りに田中は駒大苫小牧へ行くことを決意したらしい、その後甲子園を沸かせ楽天に入団して今に至る。
あとメジャーリーグと日本のプロ野球の指導方法の違いは?
メジャリーガーが何を思って野球をやっているか?
メジャリーガーが一番欲しがるロベルト・クレメンテ賞とは?
他にも色んな話があったが、どれも興味深い話だった。