監督:櫻井剛
出演:タモト清嵐(そらん)、利重剛、秋本奈緒美、小林且弥、野原瑠美、平久保雅史
(イントロダクション)
ある朝、ハルキはゴーグルをつけて登校する。普段から奇抜な行動をするハルキを、同級生はいつものようにからかう。しかし、そのゴーグルには父から受けた虐待のあざを隠す意味があった。幼い時から日常的に虐待を受けて育ったハルキもまた、一方で暴力的な一面を持っていた。ある時、ハルキは自分をからかう同級生を殴ってしまう。自分の中にある暴力性を、ハルキ自身嫌悪していた。そんなハルキは、突然仲間はずれの対象になった同級生の香月に対し、いつも通り接するのだった。そのことで香月は心を開き二人は打ち解けていくのだったが…。
主役のタモト清嵐、上野樹里・三浦春馬出演『奈緒子』で陸上部員で出演していたのを観たのが初めてだったと思う。
この清嵐という名前を何と読むのかなあという疑問があったから、そらんと読むことを知った。
ついでに誕生日が1日違いというのも知ってしまった。なんやかんや言うている間に、
男子新体操部が舞台になったコメディドラマ『タンブリング』で眼鏡をかけた新体操部員でみかけた。
何でと言われても理由は分からないけど、注目してしまっている。
学校に黒のゴーグルをかけて登校してきた生徒をゴーグルをそのままつけさせたまま授業を受けさせる先生って?
そんなハルキの身に何が起こっているのかも分からないし、想像もできない先生の存在っていったい何?
この作品を観ていて直接作品のテーマとは関係ないとは思うけど、
恵まれている家庭、何不自由なく恵まれて育った。という表現で恵まれていると使われるが、
本人ではなくそれ以外の人がそう言っているのが多い、
そんな状況で子供がいるからといって、子供が恵まれているかは本人しか分からない。
エンディングのハルキと香月には、それぞれいいものに恵まれるのは間違いない、この面では二人には未来がある。
ただ子供たちだけがそう思っていても、周囲にいる大人がそれを分かってくれるかが疑問?
ハルキの家庭の状況が分からないが、
父親だけが異常なのか?
母親も今一つどちらが大事なのか分かっていないのか?
何で虐待を防げないのかなあ?と思ってしまう。
まず父親は仕事から帰ってくると玄関で靴下を脱ぎ、家の中へ入ってくる。
その途中、砂が落ちていたりするとハルキに風呂入れ汚い汚いという言葉を浴びせかける。
ハルキも父親には敬語でしか話さない。ハルキと母親がゲームで遊んでいる。
急に顔色が変わり慌ててゲームを元通りにするが、
父親にはバレバレでハルキにコントローラー消毒しとけ!と言い放つ。
完全に子供を不潔なものとしてしか扱っていない、
見かねたのか母親は、自分の実家にハルキを預けようと実家に戻るが、
父親に先手をうたれいて、実家に帰りこの子を当分預かってと言った時に、
奥から父親が現れる、すごく低姿勢で虐待を日常的に行っている人間にはどうみても見えない。
確信犯の父親、当然二人を連れて帰ることになるが、
帰宅するとどんな仕打ちが待っているか想像できるはずなのについて帰ってしまう母親、
当然2人とも虐待を受ける。この父親の設定がどう見ても潔癖症なはずなのに、
缶ビールをそのまま飲んでいたのをみて、違和感を覚えてしまった。
すごく潔癖症の人って缶ビールってそのまま飲むか?
多分この父親は会社では、物静かで真面目に仕事していそうな感じのタイプで、
家では自分の威厳を保つために虐待という行動に走るのかと思ってしまう。
夕食のシーンはいつもコンビニ弁当を食べている、これにも何か意味があるのか?
当然育ち盛りの子供には堪ったもんではない、母親が料理できないのか?
それとも母親の料理が合わないのか、いずれにせよ変な食卓。
こんな虐待がいつまでも続くのは良くないのは間違いないが、
ずるずると長年続いてしまっていると、すぐになくなる可能性はなく、
最悪の事態になってしまうこともあるので、
この作品の中でいうと母親も早い時期から戦ってほしいと思う。
端から観ていると何でこんな男から逃げようとしないのか不思議で仕方ない、
自分は逃げないのは良いとしても子供は何とかしないとあかんのと違うかなあと思った。


