今朝通勤途中に緊急事態発生の為、メリケン波止場へ進路変更、何とか大惨事を免れた。
 波止場のベンチに座り、海を見ながら少し黄昏てみた、9月も始まったばかりというのに早く9月終わらんかなあと思う私。

 波止場の黄昏タイムを終了させ、会社に向かって歩き始めるとすぐに、神戸港震災メモリアルパークというプレートがあり、震災で崩れた波止場が当時のまま保存されていた。

こんなんありました!-2009082708220000.jpg
 その光景を見ながら、当時何をしていただろうと思い返してみた。地震の時は大阪市内の実家にいて、縦揺れ横揺れをする中、爆睡していて普通に目が覚めテレビのニュースを見てビックリしたのを思い出す。

 大阪市内の港区のあるマンションの各戸にある給湯器の配管が破損し、それを復旧するのに3日間ほとんど寝ずに働いた記憶があり、そして血圧が200を超えぶっ倒れた。
 この時に仕事をしながら、我がさえよければいいという嫌な人間に数多く会い人間不信になったのを思い出す。神戸の人達は完全にガス・電気・水などがとまっているのに、少し自分が苦労すれば何とかなるはずなのに、それをしようとせずに、人に早くしろ!と言っていた人がいたのを覚えている。よっぽど怒鳴ってやりたかったが、歯をくいしばり仕事を全うした。

 こんな時には、なぜ助け合いの心で動くということができないのかなあとも思った。東京のテレビでは、地震が関東でなく、関西で良かったと言っていたおバカもいたなあ。

 震災では人の嫌な部分しか見えなかったような気がする。しかし、自分が何ができるかを見極めて、自分がするべきことを全うすることの大事さも知った。

 そんなことを思いながら出勤した今朝。