『ゆきゆきて、神軍』
1987年 日本 122分
企画:今村昌平
監督:原一男
出演:奥崎謙三
(ストーリー)TSUTAYA DISUCASより
天皇に向けパチンコを撃ったこともあり、過激に戦争責任を追及しつづけるアナーキスト奥崎謙三が、ニューギニア戦線で起きた疑惑の真相を探るべく当時の上官を訪ね歩く姿を追った衝撃のドキュメンタリー。1982年、兵庫県神戸市。ニューギニア戦の生き残りで、いまはバッテリー商を営む奥崎謙三。ある日、終戦後23日もたってから、“敵前逃亡”の罪で二人の兵士が射殺されたことを知った奥崎は、処刑した上官5人を訪ね歩き、当時の生々しい状況を聞き出していく……。
奥崎謙三氏の取った行動はあまり賛成できない、奥崎謙三氏が追求していたのは戦時中に指揮をとっていた中隊長の責任だったはずなのに、その息子に凶行に出て重体にさせるあたり、一体なんなのだこの男は、本編中に「責任」という言葉がよく出てくるが、奥崎謙三の言う「責任」は、例えば人を殺しても現代の法制度で受けるべき罰を受ければ「責任」を果たせたことになり、何をやってもいいのだとも取れる。何と自己顕示欲の強い男、己のエネルギーを発散させる為には、このドキュメンタリーは1つの道具なのかも、奥崎謙三氏の表現の方法はどうかと思う部分もあった。手術した人に暴力をふるい病院送りにしてしまう、「自分なりの供養をしている。」という人にも自分が納得いかないと手を出してしまうあたりは辟易した。別に暴力をふるうシーンではなかったと思うし、相手の言うことを聞かずに、自分が言ってほしい言葉が出てくるまで、俺はここら帰らないよと居座る行動、なんたる身勝手、何がそこまで奥崎謙三氏をかりたてるのか、戦争が変えてしまったのか?。
しかし、本編に戦争中のエピソードが語られるが、その状況下では精神も極限まで追い詰められ一触即発何があってもおかしくない現地、もし私自身その状況下にいたら正直言って正気でいれたのか人としての良識ある行動が取れるかは自信がない。人が人の肉を食べて生き延びないといけない、人をこんな状況に追い込む戦争って?
