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『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』
2003年 アメリカ 131分

監督・脚本:アラン・パーカー
出演:ケビン・スペイシー、ケイト・ウィンスレット、ローラ・リニー、ガブリエル・マン


(ストーリー)TSUTAYA DISCASより
 常に多くの議論が繰り返されている“死刑制度”をテーマに、人間の命の重みを痛烈に訴えかけるアラン・パーカー監督作品。ケビン・スペイシーのすべてを受け入れた穏やかな表情とは裏腹に、先の読めないストーリーの中、至る所に組み込まれた事件解明へのヒントが興奮と緊張感をあおり、冤罪という問題をサスペンスフルに描いていく。・・・デビッド・ゲイルは本当に人を殺したのか? その疑問を追う、観る側の我々の心には、ラストに突きつけられる真相がとても大きな衝撃となって心に残る。

 元同僚の女性コンスタンスを殺害し、死刑宣告を受けた元大学教授、デビッド・ゲイル(ケビン・スペイシー)は、死刑執行の3日前、自分の手記を書くため、女性記者ビッツィー(ケイト・ウィンスレット)を指名した。ビッツィーは、金網越しに事件の経緯を話しすデビッドの姿に、その事件を辿りつつ、これは冤罪であると確信する。そして、時を同じくしてビッツィーはデビッドの無罪を裏付ける証拠ビデオの存在を知る。しかし、デビッド・ゲイルに残された時間はわずかしかない・・・。


  主人公のデビッド・ゲイルは、お酒での失敗(退学させられた女生徒の罠にはまる)をして、大学教授を失職してしまう。お酒はほどほどにせんとあかんぞ!と自分にも言い聞かせてみた。そのことで子供を妻にとられて離婚することになった、まあ自業自得であるが、その後も酒におぼれ、アルコール依存症になってしまう。


 死刑反対運動活動家の同士、コンスタンスのレイプ殺人の罪で死刑執行まで4日前から話しは始まる。自分の手記を書くため、女性記者ビッツィーを指名した、デビッド・ゲイル。多分誰でも良かったのであろう。


 デビッド・ゲイルの話を聞きビッツィーは、彼自身の無罪の可能性を信じるようになる。



3本のビデオテープに、ビッツィーは翻弄されてしまう。


1本目は、犯人は別にいると臭わすビデオ。

2本目は、事件の真相が写るビデオ。

3本目のビデオを見て愕然としてしまうビッツィー。



 果たしてこの事件の目的はいかにという感じのサスペンスだった。


 正直きな感想としては、おしいという一言それはなぜかと言うと、前半にデビッド・ゲイルが大学教授の時に、死刑の是非についての討論番組で知事と意見を対立させ冷静さをなくしたデビッド・ゲイルが知事にいい風にあしらわれてしまう時に、知事が「私が死刑執行をした人の中で無罪だった人の名前をあげてください」と言われた。デビッド・ゲイルは何も言えずに黙り込んでしまい放送終了というシーンがあったのだが、ここで私はひょっとしてこの件に関して、デビッド・ゲイルは何かプランを練って実行するのではないかと思ってしまったら、その方向で話が進んでいってしまい予想が当たってしまったところがおしいなあと思った。


 この映画で死刑反対運動をしていたデビッド・ゲイルの行動で死刑制度を見直す事になるのか、それは疑問?



3本目のビデオは、死刑制度反対の方向へ持って行くためには存在させておいてはいけないと思うが、なぜそれを送ってきたのか?


 ケイト・ウィンスレットのこのような役を見るのは初めてだった、『タイタニック』以来大丈夫か?と思っていたが、このような一匹狼的な雑誌の記者をきっちりとこなしていた、ケイト・ウィンスレットには少し感激してしまった。