2007年 アメリカ 129分


監督:マーク・フォスター
出演:ハリド・アブダラ、ゼキリア・エブラヒミ、アフマド・ハーン・マフームードザダ

 アフガニスタン出身のカーレド・ホッセイニの同名ベストセラーを「ネバーランド」「主人公は僕だった」のマーク・フォースター監督で映画化した感動ヒューマン・ドラマ。ソ連侵攻前のまだ平和だったアフガニスタン。裕福な家庭の少年アミールと、彼の家に仕える召使いの息子ハッサンは親友同士。ところが12歳の冬の日、恒例のケンカ凧大会の最中にある事件が起きる。以来、ハッサンを遠ざけるアミール。そこへソ連軍が侵攻、アミールは後悔と罪の意識を抱えたままアメリカへ亡命、再びハッサンと会うことなく月日は流れてしまう。20年後、アフガニスタンの恩人から電話を受けたアミールは、タリバン独裁政権下の故郷へと向かうのだったが…。

アミールとハッサンは何をするにも一緒の仲良し、

アフガニスタンでも人種差別は根深く存在するみたいで、

ハッサンはそのターゲットになってしまい、

またその親を雇っている家の息子であるアミールも、

金持ちバカ息子達のターゲットにされる。

しかしハッサンは親友でありながら召し使いの息子という立場、

一番複雑な立場だったに違いない、

それなのに子供らしい屈託のない笑顔でアミールと遊び、

ピンチの時には、パチンコを手にして助ける。何があっても一喜一憂する。

二人が住むその地域の伝統行事のケンカ凧大会が行われ二人のペアが優勝する、

ハッサンは最後にアミールが糸を切って落とした凧を取りに行く。

アミールがハッサンに「ハッサンいいのかい」と言うと

ハッサンは「君のためなら千回でも」と言いながら笑顔で走って行く。

なかなか帰ってこないハッサンを心配して、アミールは町を探して回る、

細い路地でバカ息子達に追い詰められていたハッサンを見つけるが助けることができない、

バカ息子達はその凧を渡せば今日は許すと言うが、

凧を渡せばアミールの喜ぶ姿が見れないとでも思ったのか、

それに応じず、3人がかりで性的暴行を受けてしまう。

アミールは路地から逃げていく、

そこから凧を持って出てきたハッサンに何もなかったかのように歩み寄っていく。
これまで何ら問題のなかったアミールとハッサンの関係が崩れていき、

アミールとハッサンは離ればなれになることになる。アメリカに亡命して、

年月が流れアミールも結婚することになる。結婚後にアミールの父親が亡くなる。

アミールの元に父親と親しくしていた友人にから電話があり、

パキスタンに来てくれと呼び出され行く、そこでハッサンが亡くなったことと、

ハッサンの息子のこと、ハッサンとアミールの関係を聞かされ、

ハッサンからの手紙を渡される。何よりも驚いたのは、

ハッサンとアミールは腹違いの兄弟だったことだろう。
アミールはハッサンからの手紙を読み、

タリバン独裁政権下のカブールへハッサンの子供、

アミールの甥になるシーラブを探しに行く、

危険な目に合いながらシーラブをアメリカに連れて帰ることに成功する。
シーラブと一緒に暮らし始めるが、心を開かないシーラブ、

ある日土手で凧があがっているのを見て興味を示す。

それを見たアミール夫妻は凧を買い、シーラブへ歩み寄って凧をあげる。

隣で凧をあげていた少年が挑戦してくる。それを受けるアミール、

ケンカ凧をしながらアミールはシーラブに無邪気にハッサンとしたケンカ凧のことを語る。

結果アミールが少年の凧の糸を切り勝つ。

アミールはシーラブに落ちてくる凧を見て、

「あの凧ほしい?」と言うと「うんいいの?」とシーラブに言われ

「君のためなら千回でも」と言って走り出しエンディングになる。
この映画では、戦争と貧困、決して綺麗事では片付けられない孤児院の場面が映し出されていた、

アミールが言うことはわかるが綺麗事で、

孤児院の院長が言うのは現実で両方とも理解はできるが、

戦争が起きていることで孤児院の院長が取った行動がある訳なので無意味な戦争などやるべきではない。

子供が笑顔で生活できる世の中が一番。