41話『姫の死』

 由布姫が病いに倒れた。見舞った勘助に「もう長くは生きられぬ」と由布は静かに語る。晴信を交えての酒の席で、越後と木曽のどちらを先に攻めるかを由布が決めろと晴信は切り出した。由布の意見は木曽攻め。勘助は早速、木曽攻略に向かうことを決める。出発の日、由布は挨拶に訪れた勘助に、戦から戻ったら嫁を取るよう迫る。これまでリツとの祝言を頑なに拒んできた勘助だが遂に嫁取りを約束する。ところが木曽攻めの最中に景虎が挙兵し、善光寺平に兵を進めた。

 由布姫は自分の死期が近づいているのをしり、勘助に山本家を守る為に、戦から帰ってきたら嫁を取り跡継ぎを作れと言われ、その者を私に尽くしてくれた以上に愛しなさいと、勘助を突っぱねる、そして由布姫は亡くなってしまう。
 葉月が伝兵衛をからかうシーンは楽しかった。私もよくからかわれるが、Mなので、それを喜んでいるが私が。



42話『軍師と軍神』

 由布姫の死は勘助の心に深い傷を残した。そして最後に言い残した「嫁を取り、跡継ぎをつくるのです」という言葉が重く響いていた。迷いを振り切るため晴信に置手紙を残し、勘助は旅に出た。一方、長尾景虎の下で統一された越後では、長く戦乱が続いた名残りで豪族同士の領地争いが絶え間なかった。いがみ合う家臣たちに失望し、景虎は突如出奔してしまう。勘助が向かったのは霊場・高野山。若き勘助が守り神である摩利支天を授かった地であった。かつて教えを受けた高僧・清胤と旧交を温めていた勘助は意外な人物に出会う。越後を出奔した景虎だった。何故、景虎がここにいるのか、探る勘助を刺客と思い込んだ景虎は護身用の仕込み杖で襲い掛かる。


 ここまで見る限り、個人的には、武田信玄より上杉謙信が好きで、上杉軍よりかは武田軍の方が好きになってきてる。上杉謙信は戦でも先頭きっていくし、義を重んじているし、武田軍は家臣同志の結束が固い所。勘助も景虎も謂わば職場放棄して旅にでるが、二人とも高僧・清胤に交流があるという偶然というか運命か。刀を交えてしまうが高僧・清胤に止められて二人とも説教をうけるが、その後の二人の会話が面白かった。景虎が出奔した場所を高野山と当てる宇佐美は大したものだ。二人とも甲斐と越後に戻る。勘助は、リツを養女として迎えたいと晴信と虎胤に伝え了承される。勘助は頑なに独り身を貫いてしまう。まあそれもありかなあ。



43話『信玄誕生』

 勘助はリツを養女に迎え、婿を取らせることとした。勘助に恋するリツは渋々ながら従った。長尾の重臣・大熊を寝返らせることに成功した晴信は勢いに乗って、北信濃の長尾勢力の一掃を図った。越後の深い雪に閉ざされ身動きがとれなかった景虎が兵を挙げたのは翌弘治三年の春。しかし武田は決戦を避けたため、景虎は戦果をあげることはできなかった。この武田、長尾の対決は思わぬ形で決着した。時の将軍、足利義輝が両者に和議を結ぶよう命じたのだ。晴信は信濃守護の職と引き換えに受け入れたが、景虎は信濃出兵の大義名分を失った。関東管領・上杉憲政が救いの手を差し伸べた。景虎を養子に迎え、関東管領職を譲ろうと申し出たのだ。管領は守護より上位、景虎は再び武田を討つ名分を得た。景虎は、将軍より関東管領を継ぐ承諾を得るため上洛することを決意する。


 勘助の出家後の名前なぜ道鬼?リツは慕っていた勘助の側に養女という、自分が望む形ではないが暫くの間いれるが、浪は景虎の側で支えている今がいいのに、嫁げと景虎に言われ思いを受け取ってくれない。景虎が出陣している時に出家してしまう。この時代の女性の心境はどのようなものなのか?
 矢崎平蔵が宇佐美に駿河に行くよう命じられる。ヘタレ平蔵は今の生活に満足できず、色々考えてしまう。ヒサは今のままでいいと言うが、農民の時なら多分今の平穏無事の生活をしていただろう、勘助への嫉妬からいらぬ事を考えてしまうのだろうか?勘助に嫉妬しても仕方がないのに、勘助は十数年かけて兵法を極め、実践も積んでいるから何もしていないあなたには、何もできないよ、だから弓の技量をあげればいいねんで、家族を大事に。



44話『信玄暗殺』

 平蔵は宇佐美の策に従い駿河へ向かった。今川家に預けられている諏訪家の遺児・寅王丸に会い、武田へ怨みを抱くよう仕向けるためだった。寿桂尼は平蔵が寅王丸に会うことを許す。出家し長笈(ちょうきゅう)と名乗っていた寅王丸は、父・諏訪頼重が自分の家督相続を条件に切腹させられたこと、姉・由布姫が信玄の側室となって子をなした後、見捨てられて死んだことを聞かされ憎悪をたぎらせる。甲斐へ向かうことを黙認された寅王丸は平蔵とともに出奔した。もし、仇討ちが成功すれば武田の家督は今川の姫と結婚した嫡男・義信が継ぐことになる。失敗しても失うものはない。それが寿桂尼の計算だった。勘助は信玄のもとに見知らぬ若い僧侶が出入りしていると聞き不審を抱く。晴信が転た寝している時に、寅王丸が脇差し斬りつけようとするが、晴信はお見通しで、長笈(ちょうきゅう)と名乗っていたが寅王丸とわかっていた。寅王丸を屋敷に連れていく、そこで晴信の嫡男を斬りつけようとするが、間に萩乃が入りることなきをえるが、萩乃はこれで亡くなってしまう。


 寅王丸、何じゃあやつはあれでいいのか、台詞で「ひどい、ひどい」と言っていたが、あなたの方がひどいよと突っ込みいれてしまった。表情はまだ許す、しかしもっとちゃんと喋らないといけんよ。父上の柄本明に指導してもらったらどうだろうか。



45話『謀略!桶狭間』

 宇佐美の信玄暗殺の謀略は失敗し平蔵は越後へ逃げた。勘助は同盟を結びながら策を黙認した寿桂尼、ひいては今川家に不審感を募らせる。永禄3年(1560)、今川義元は上洛を決意、大軍を率いて織田氏が支配する尾張へ出兵することを決めた。勘助は信玄に、織田が勝つには義元の首を取るほかないと語り、密かに策を練り始める。義元軍の進路を探り、桶狭間という地を織田方がさかんに調べていることを知ると、勘助は単身、駿河を訪れた。勘助は義元が進路に迷っていることを聞き、桶狭間を通らない行程を進言する。五月、今川軍は出陣、圧倒的な戦力で尾張に入った。しかし、義元はいまだに進路を迷っていた。勘助を毛嫌いする義元は最終的に勘助の進言とは逆の道を選んだが、これは勘助を毛嫌いする義元の心理をうまくついた陽動作戦で今川義元を討ち死にしてしまう。


寿桂尼が憎らしくて仕方ない顔を見るたび、なぜかイライラする。勘助は"寿桂尼~"と怒りの雄叫びあげてたけど、何とかしてくれへんやろか。今川義元、おめえさん何でそんなに勘助を毛嫌いするんや?だから勘助の作戦に引っ掛かるねん。