21話『消えた姫』
由布姫は亡父・諏訪頼重の供養と称して三条夫人を寺参りに誘う。そこで姫が三条に勧めた甘酒を萩乃が飲み干した。毒が入っているのではと疑ったのだ。毒こそ入ってなかったものの由布姫の奇矯な言動に波紋が広がる。あくまで姫をかばう勘助は重臣たちから激しく非難される。大井夫人は「そなたはもう武田家の人間」と諭すが姫は泣き崩れるばかり。晴信は姫を諏訪に戻すことを決断する。家中の動揺を鎮めるとともに由布姫の心を落ち着かせるためであった。しかし、諏訪への道中、由布姫は隙を見て逃げ出してしまう。勘助は独り姫を求め雪中の諏訪を彷徨(さまよ)う。由布姫を見つけ、由布姫は勘助に、晴信を慕う気持ちを持ちながらもその反面、亡き父諏訪頼重の仇を打ちたい気持ちも持っていると複雑な心中を告白する。
勘助が由布姫を思うのは愛なのか、何なのか?なぜそこまで執着するのか?
22話『三国激突』
諏訪で暮らす由布姫が身ごもり、勘助は我が事のように喜ぶ。同じ頃、甲斐では晴信のもとに今川家の軍師・雪斎が訪れ、武田・今川の同盟に基づき駿河への出兵を求めてきた。今川領だった駿河の東を占領する北条氏康を共に討って欲しいとの要請であった。武田家中では出陣に異論が相次いだ。駿河に出陣すれば信濃が手薄になり、武田にとっては得のない戦だった。勘助は自らが使者として駿河に行くと志願する。仇敵である今川と北条を和解させるというのだ。重臣たちは一笑に付するが雪斎の態度に裏があると感じた晴信は勘助の策を受け入れる。 板垣は、勘助に単刀直入に由布姫のことをどう思っているかと聞く、板垣はそれを聞くと勘助のことを分かったような気がすると、板垣と勘助の信頼関係は固くなった。その後見事に今川と北条を和解させることに成功する。
いつみても、伊武雅刀の雪斎は生臭坊主に見えて仕方ない。何かを企んでそう。谷原章介の今川義元も頑張ってるみたい。こんなに達者な人ばかりだと、大根役者が出ていると目立って仕方がないがそんな役者は1人もいない。
23話『河越夜戦』
北条氏康は武蔵国で苦境に陥っていた。河越城を関東管領・上杉憲政の大軍に包囲され敗色濃厚、このままでは三代に亘って築いた関東での覇権を失い、さらには滅亡さえ間近に迫っていた。勘助は僅かな兵を率い北条の援軍として河越に向かった。勘助の真の狙いは上杉家に仕える真田幸隆と会い、武田へ仕えるよう説得することにあった。信濃攻略には真田の力が不可欠と見ていたのだ。浪人に変装し上杉の本陣に潜入する勘助。そこで見た上杉軍は勝利を確信し油断しきっていた。新興の北条に次々領地を奪われた憲政だったが今度こそ勝てるとみてのんびり包囲を続けていた。氏康から託された伝言を籠城する北条勢に伝えることに成功した勘助は、幸隆との再会を果たす。
勘助の人心掌握術=兵法というのには感心できるし、度胸もすごい、だてに10年以上諸国を流浪していたわけではないなあ。
24話『越後の龍』
河越の夜戦で鉄砲で撃たれた勘助は真田幸隆に命を救われ、幸隆が仮住まいする上野国の寺で傷を癒していた。幸隆は勘助の勧めに従い武田への仕官を決意していた。しかし武田は真田家を信濃から追い落とした仇敵であり、幸隆の妻・忍芽や家臣団は猛反対する。一方、諏訪では勘助が撃たれたとは露知らぬ由布姫に待望の男児・四郎(後の勝頼)が誕生していた。晴信は勘助が或いは討ち死にしたのではと思っていたが由布の前では気遣って口にしない。由布から勘助がいたからこれまで負けなかったと言われた晴信は密かに反発し、勘助なしで戦いを進めることを決意する。同じ頃、越後では守護代・長尾家が下克上によって実権を握り、当主・晴景の弟、景虎が頭角を現しつつあった。勘助なしの戦で手柄をあげた教来石影政は馬場民部少輔信春(ばばみんぶのしょうのぶはる)と改められる。甲斐に下った真田幸隆に、晴信は松尾城を用意していた、厚待遇である。そこには昔の家来が集まっていた。
真田幸隆も幸せもんだなあ長野業政といういい人間に会え、武田へ下る幸隆にどこまでもついて行くと言ってくれる忍芽と子供たち、それと戻ってきた家臣たち、これも人徳かな。それと真田幸隆を見事に説得してしまう勘助はすごい。
でも佐々木蔵之介ヅラにやわんなあ。
25話『非情の掟』
由布姫と晴信の間に産まれた四郎(後の勝頼)を、勘助は諏訪家の跡継ぎにするため画策を始める。諏訪家の嫡男は晴信の甥・寅王丸。勘助は寅王丸を出家させ駿河の雪斎に預けるとの案を出し、自ら駿河に向かう。今川義元は、信虎に続いて武田は厄介者を押し付けると不満を示すが寿桂尼は寅王丸は利用価値があると受け入れる。この一件は武田家に大きな波紋を起こした。大井夫人は争いを避けるためには仕方がないと承諾するが、やがて武田家の跡継ぎをめぐって四郎と嫡男・太郎が争わないかと心配する。三条夫人は太郎の家督が安泰であることを晴信に詰め寄るが、「誰に家督を譲るかは自分が決めることだ」と晴信は激情する。それは晴信がかつて父に言われた言葉そのものだった。天文16年(1547)6月に、主君自らも従うべきという、甲州法度之次第が制定される。
勘助は、なぜあそこまで晴信と由布姫の子、四郎に深く肩入れするのだろうか?ちょっと異常にさえ見えてきたぞ。駒井政武に扮する高橋一生、彼がこんな真面目な役をやっているのん初めて見る。『医龍2』の生意気な心臓外科医、『1ポンドの福音』のボクサー、『ゴンゾウ』の刑事など知っているが、まあ、これからの役者さんだと思うので頑張ってほしいなあ。
由布姫は亡父・諏訪頼重の供養と称して三条夫人を寺参りに誘う。そこで姫が三条に勧めた甘酒を萩乃が飲み干した。毒が入っているのではと疑ったのだ。毒こそ入ってなかったものの由布姫の奇矯な言動に波紋が広がる。あくまで姫をかばう勘助は重臣たちから激しく非難される。大井夫人は「そなたはもう武田家の人間」と諭すが姫は泣き崩れるばかり。晴信は姫を諏訪に戻すことを決断する。家中の動揺を鎮めるとともに由布姫の心を落ち着かせるためであった。しかし、諏訪への道中、由布姫は隙を見て逃げ出してしまう。勘助は独り姫を求め雪中の諏訪を彷徨(さまよ)う。由布姫を見つけ、由布姫は勘助に、晴信を慕う気持ちを持ちながらもその反面、亡き父諏訪頼重の仇を打ちたい気持ちも持っていると複雑な心中を告白する。
勘助が由布姫を思うのは愛なのか、何なのか?なぜそこまで執着するのか?
22話『三国激突』
諏訪で暮らす由布姫が身ごもり、勘助は我が事のように喜ぶ。同じ頃、甲斐では晴信のもとに今川家の軍師・雪斎が訪れ、武田・今川の同盟に基づき駿河への出兵を求めてきた。今川領だった駿河の東を占領する北条氏康を共に討って欲しいとの要請であった。武田家中では出陣に異論が相次いだ。駿河に出陣すれば信濃が手薄になり、武田にとっては得のない戦だった。勘助は自らが使者として駿河に行くと志願する。仇敵である今川と北条を和解させるというのだ。重臣たちは一笑に付するが雪斎の態度に裏があると感じた晴信は勘助の策を受け入れる。 板垣は、勘助に単刀直入に由布姫のことをどう思っているかと聞く、板垣はそれを聞くと勘助のことを分かったような気がすると、板垣と勘助の信頼関係は固くなった。その後見事に今川と北条を和解させることに成功する。
いつみても、伊武雅刀の雪斎は生臭坊主に見えて仕方ない。何かを企んでそう。谷原章介の今川義元も頑張ってるみたい。こんなに達者な人ばかりだと、大根役者が出ていると目立って仕方がないがそんな役者は1人もいない。
23話『河越夜戦』
北条氏康は武蔵国で苦境に陥っていた。河越城を関東管領・上杉憲政の大軍に包囲され敗色濃厚、このままでは三代に亘って築いた関東での覇権を失い、さらには滅亡さえ間近に迫っていた。勘助は僅かな兵を率い北条の援軍として河越に向かった。勘助の真の狙いは上杉家に仕える真田幸隆と会い、武田へ仕えるよう説得することにあった。信濃攻略には真田の力が不可欠と見ていたのだ。浪人に変装し上杉の本陣に潜入する勘助。そこで見た上杉軍は勝利を確信し油断しきっていた。新興の北条に次々領地を奪われた憲政だったが今度こそ勝てるとみてのんびり包囲を続けていた。氏康から託された伝言を籠城する北条勢に伝えることに成功した勘助は、幸隆との再会を果たす。
勘助の人心掌握術=兵法というのには感心できるし、度胸もすごい、だてに10年以上諸国を流浪していたわけではないなあ。
24話『越後の龍』
河越の夜戦で鉄砲で撃たれた勘助は真田幸隆に命を救われ、幸隆が仮住まいする上野国の寺で傷を癒していた。幸隆は勘助の勧めに従い武田への仕官を決意していた。しかし武田は真田家を信濃から追い落とした仇敵であり、幸隆の妻・忍芽や家臣団は猛反対する。一方、諏訪では勘助が撃たれたとは露知らぬ由布姫に待望の男児・四郎(後の勝頼)が誕生していた。晴信は勘助が或いは討ち死にしたのではと思っていたが由布の前では気遣って口にしない。由布から勘助がいたからこれまで負けなかったと言われた晴信は密かに反発し、勘助なしで戦いを進めることを決意する。同じ頃、越後では守護代・長尾家が下克上によって実権を握り、当主・晴景の弟、景虎が頭角を現しつつあった。勘助なしの戦で手柄をあげた教来石影政は馬場民部少輔信春(ばばみんぶのしょうのぶはる)と改められる。甲斐に下った真田幸隆に、晴信は松尾城を用意していた、厚待遇である。そこには昔の家来が集まっていた。
真田幸隆も幸せもんだなあ長野業政といういい人間に会え、武田へ下る幸隆にどこまでもついて行くと言ってくれる忍芽と子供たち、それと戻ってきた家臣たち、これも人徳かな。それと真田幸隆を見事に説得してしまう勘助はすごい。
でも佐々木蔵之介ヅラにやわんなあ。
25話『非情の掟』
由布姫と晴信の間に産まれた四郎(後の勝頼)を、勘助は諏訪家の跡継ぎにするため画策を始める。諏訪家の嫡男は晴信の甥・寅王丸。勘助は寅王丸を出家させ駿河の雪斎に預けるとの案を出し、自ら駿河に向かう。今川義元は、信虎に続いて武田は厄介者を押し付けると不満を示すが寿桂尼は寅王丸は利用価値があると受け入れる。この一件は武田家に大きな波紋を起こした。大井夫人は争いを避けるためには仕方がないと承諾するが、やがて武田家の跡継ぎをめぐって四郎と嫡男・太郎が争わないかと心配する。三条夫人は太郎の家督が安泰であることを晴信に詰め寄るが、「誰に家督を譲るかは自分が決めることだ」と晴信は激情する。それは晴信がかつて父に言われた言葉そのものだった。天文16年(1547)6月に、主君自らも従うべきという、甲州法度之次第が制定される。
勘助は、なぜあそこまで晴信と由布姫の子、四郎に深く肩入れするのだろうか?ちょっと異常にさえ見えてきたぞ。駒井政武に扮する高橋一生、彼がこんな真面目な役をやっているのん初めて見る。『医龍2』の生意気な心臓外科医、『1ポンドの福音』のボクサー、『ゴンゾウ』の刑事など知っているが、まあ、これからの役者さんだと思うので頑張ってほしいなあ。