中1・2年の頃と言えばカンフー映画ブーム真っ只中、ジャッキー・チェンの『ドラゴン・ロード』劇中で行われていた、ドラゴンキッカーというバドミントンのシャトルを大きくしたものをネットをはさみ蹴りあうゲームがプチブームになったり、リー・リン・チェイ(今のジェット・リー)の『少林寺』を見たやつらは、「ハァ~ハッハッハッハハ」と少林寺の形をやっていました。そんな中、ぴいさん、もっさん、かわき、という3人組が『少林寺3兄弟』という8ミリ映画を制作し、1人いくらか徴収して上映していました。当時は、皆うけていたと思う。今見るとどうなんやろう。その後、もっさんは会社員、かわきは吉本に入り芸人目指してたみたいでもすぐ諦めることになる。ぴいさんは記者になりました。お決まりの台風レポートから始まり、野茂がメジャーに行った時に、LAのスポーツバーで英語を駆使して取材してるを見ました。その彼が世界的に有名になった大事件がありました。何年前になるのでしょうか?ペルーの日本大使館人質事件がありましたよねえ、カメラマンと記者のみで大使館に入り犯人に単独取材をし国外退却になってしまった記者がいましたが、まさに彼がその本人です。
今度再々婚するらしい。おめでとう!